15人が本棚に入れています
本棚に追加
玄関のチャイムが鳴り、咲紀は犬のようにインターフォンまで走る。「家の中は走らない。いつも言ってるだろ。」と父、紀明の注意を無視して、インターフォンの通話ボタンを押す。カラーの画面に男の子が映る。暗めのブラウンにウェーブスパイラルパーマ。マッシュウルフの組み合わせが男の子の雰囲気に合ってる。緩くふわりとして、前髪は目にかからない程度の長さである。ブレザーの制服で、ジャケットは紺色でシャツは白色。一番上のボタンは外されている。ネクタイは、濃い青色のストライプ。少し、緩めに結ばれている。「はーい。どちら様ですか?」と誰か分かっているのに、つい聞いてしまう。「広瀬瞬です。お弁当持ってきました。」と瞬は弁当袋を持ち上げる。昔から変わらない。それに名前をフルネームで名乗るところが咲紀には可愛くて仕方ない。
玄関のドアを開けると、瞬が入ってくる。咲紀と一緒に学校に行くのでスクールバッグも持っている。
「咲紀ちゃん。おはよう。」
「おはよう。」
「はい。今日のお弁当。」
咲紀の手に乗せる。
「ありがとう。」
「今日はポニーテールなんだね。似合ってるよ。」
「りぼん、可愛い。」と瞬は咲紀のポニーテールにした髪をさらりととかすように指を滑らせる。
「瞬ちゃん。」
咲紀は照れたように微笑む。瞬は頭をポンポンと撫でる。「おじさんと話してくるから、用意して。」と靴を脱ぎ、中へと入っていく。
心臓に悪い。さらっとやってのける。そうやって咲紀の心を奪っていくのだ。瞬が可愛いと思いつつ憎い。更に制服の紺色のチェックのパンツの裾からくるぶしがちらりと見えて、ドキッとした。
咲紀は自室に行き、スクールバッグに教科書と弁当袋を入れる。今日のお弁当が楽しみだな、と頬を緩ませる。
ダイニングに行くと、瞬と紀明が何か話している。邪魔してはいけないかなとリビングのドアからこっそり盗み見る。
「そろそろ校外学習あるんだよ。」
「お弁当がいるのか…。行事の時ぐらいは作ってやりたいとは思うんだけどね。こればかりはどうも…。いつも瞬君に任せっきりですまないね。咲紀に父親らしいこと、全然できてないな。」
紀明は悲しそうな表情をしている。咲紀は紀明の悲しそうな顔を久々に見た。母の咲良が亡くなった時は、悲しい顔をすることが多かったけれど、咲紀を育てるために「悲しんでなんていられないね。」と無理やり笑顔を作って、今まで仕事を頑張って咲紀を育てきた。
「おじさん…。 おじさんの気持ち、咲紀ちゃんに伝わるといいね。でもおじさんが父親らしいことしてないなんてこと、僕は思ってないよ。」
「瞬君…。ありがとう。」
紀明は微笑んだ。
「お弁当は僕に任せて。」
そう言って微笑んだ。
「しゅーんちゃん。」と声をかける。「準備できたよ。」と駆け寄る。「パパ、行ってくるね。」と紀明に言う。「パパも出るよ。」とダイニングテーブルの椅子から立ち上がる。
玄関の土間で靴を履き、玄関にある姿見で身だしなみをチェックする。身体を左右に捻って後ろを見たりして確認する。前髪は眉までの長さに整えられ、後ろはポニーテール。赤いリボンをつけている。ウェーブをかけているから、緩いカールがかかっている。男子の制服と同じブレザー。リボンタイではなくネクタイだ。肌寒いからか、中にベージュの前開きのカーディガンを着ている。ブレザーの裾からカーディガンが見えている。紺色のチェックのスカートは膝の上。紺色のハイソックスを履き、革靴を履いて、つま先をトントン、と鳴らす。紀明が「スカート短くないか?直しなさい。」と言う。「短い方が可愛いよ。」と頬を膨らます。瞬も「咲紀ちゃん。お願い。直して。おじさんの言うこと聞こ?」と言う。「もう。分かったよ。」とむくれながら、渋々スカートの丈を膝下までに直す。
「行ってきます。」
紀明に大きく手を振る。
「行ってらっしゃい。」
紀明は小さな頃から変わらない手の振り方に、高校生になった今でもそうやってしてくれるんだな、と胸が熱くなった。
最初のコメントを投稿しよう!