体育祭

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咲紀は木陰で膝を抱え、顔を伏せて泣いた。瞬ちゃん、ごめんね、と何度も繰り返す。あんなことを言いたかったわけではない。咲紀は自分が素直に弱音を吐かず、瞬を傷つけて、自分はなんて悪い子なんだろう、と思った。 そんなことを考えていると横から「さーきちゃん。」と瞬の声に似た大人の男の人の声がした。「瞬ちゃんパパ…。」と咲紀は涙に濡れた顔で幸成を見つめる。「咲紀ちゃん。泣いちゃうと目が痛くなっちゃうよ。」と幸成は優しく微笑んだ。 「瞬ちゃんパパ…。ごめんなさい…。」 咲紀は涙をまた流しながら謝る。 「咲紀ちゃんは、瞬に対して怒ってるんじゃなくて、自分に怒ってるんだよね。瞬が言ってた。徒競走の練習で1位になれなくて悔しい思いをしてるって。悔しいよね。でも咲紀ちゃんが悔しいのは、瞬が応援してくれてお弁当を作ってくれているのに、その期待に応えられない自分だよね。」 幸成の言う通り、咲紀は自分自身に対して憤りを感じているのだ。 「うん…。瞬ちゃんが一生懸命、練習の時から応援してくれて、お弁当を作ってくれてたのに、今日も頑張って私のために作ってくれたのに、あんなことしちゃった…。どうしよう…。瞬ちゃんパパ…。どうしよう…。瞬ちゃんに嫌われちゃう…。パパにも嫌われちゃう…。」 そう言って幸成に抱きついて泣いた。 「大丈夫だよ。瞬は咲紀ちゃんを嫌いになったりしないよ。勿論、おじさんも咲紀ちゃんが大好きだよ。弥生も咲紀ちゃんが大好きだよ。それからね、パパは咲紀ちゃんのこと、一番大好きだよ。咲紀ちゃんはパパの宝物だよ。本当はね、パパ、咲紀ちゃんのこと、迎えにこようとしてたんだよ。」 幸成は微笑んだ。 「パパ…。」 「だから、咲紀ちゃん。どうしたらいいか分かるよね。」 「うん…。謝る。」 「偉いよ。」と幸成は咲紀の頭を撫でる。 咲紀と幸成は瞬達のいる場所に戻ってきた。咲紀は瞬の前に座る。 「瞬ちゃんっ。ごめんね。瞬ちゃんが一生懸命、私の為に頑張って作ってくれたのに、あんなこと、お弁当、叩いてごめんね。ごめんね。瞬ちゃん…。ごめんね…。応援、して、くれ、てる、のに、瞬ちゃんの、優しさ、を、めちゃくちゃ、にして、ご、ごめんね…。瞬ちゃぁぁぁぁん!」 咲紀は嗚咽しながら話した。瞬も咲紀につられて泣く。 「僕も、ごめんねぇ…。咲紀ちゃん、悔しい、思い、してたのに、咲紀ちゃんの、き、気持ち、無視した…。」 「そんなこと、ないよ、私、瞬ちゃん、の、お弁当、食べて、1位に、なれなかったら、ど、どうしようって、思って…。」 「咲紀ちゃん、僕に、頑張って、走ろう、とする、瞬ちゃん、かっこよかった、って、言ってくれたでしょ?だから、1位に、なれなくても、頑張ってる、ところ、かっこいいよ。咲紀ちゃん。」 「瞬ちゃん…。ありがとう…。瞬ちゃんのお弁当食べて、頑張る。」 「うん。」 瞬は涙に濡れた顔で優しく笑った。 咲紀は紀明と弥生に向き直る。 「パパ…。瞬ちゃんママ…。ごめんなさい。」 「もういいのよ。ほら早く食べましょう。」 「咲紀。二度どあんなことはしないと約束できる?」 「はい。」 「よし。」 紀明は微笑んだ。咲紀はその笑顔にまた涙が出る。 「紀明さん。また泣いちゃったよ。」 幸成が笑う。 瞬は紙皿に新しいおかずとおむすびを乗せて、咲紀に差し出す。 「私、こっちがいい。」 咲紀が払いのけた「1」「位」とデコレーションされたおむすびを取る。 「そっちはレジャーシートに、」 「こっちがいいの。こっちが。」 咲紀は愛おしそうに見つめる。咲紀はそれを食べて「美味しいね。」と微笑んだ。 瞬が応援してくれていること。 瞬が勝てるようにと祈って作ってくれたこと。 おむすびを叩いたのに。 優しく許してくれて。 その全てが嬉しくて。 徒競走の結果は2位だったが、嬉しかった。 晴れ晴れとした気持ちで瞬の元へと駆け出していく。 瞬の応援のお弁当は元気をくれた。 弁当箱を重ねるようにまた1つ思い出を重ねていく。
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