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電車に乗り込んだら、繋いだ手を離されると咲紀は思った。しかしその手は離されることはなかった。
小学校低学年の頃、駅まで一緒に手を繋いで歩いた。電車に乗ってもその手を離すことはなかった。「迷子にならないように。」と瞬の母、弥生から言われたからというのもあるが、瞬と手を繋ぐことに何の抵抗も疑問もなかった。
高学年になってからは、少し恥ずかしくなって、手を差し出す瞬に「恥ずかしいから。」と言って、手を繋がなかった。その時の瞬が悲しそうな顔をしたことを今でも覚えている。男の子よりも女の子の方が先に心が成熟していくはずなのに、瞬の方が先に成長していっているようで、それも恥ずかしかった。
久々に繋いだ手は暖かい。昔と変わらない温度に比例して瞬の気持ちも変わっていないように思えた。
次の停車駅で多くの乗客が乗ってくる。反対側のドアまで追いやられ、瞬とはぐれそうになる。その時、「はぐれるから。」と手を引かれ、咲紀をドア側に立たせ、瞬の右手は咲紀の手を繋いだままで、瞬はドアの横にあるバーを咲紀の頭辺りで左手で持つ。咲紀からすると、俗に言う「壁ドン」のような体勢だった。瞬の身体が間近にあり、瞬の胸に顔が当たりそうだ。漫画でよく見る「女の子が憧れるシチュエーション」に、不覚にもドキドキして、心臓がうるさい。
瞬は中学生になって夏休み過ぎた辺りから、急に身長が伸びて、確かに男らしくなった。手足もすらっと伸びて、顔つきも「男」らしくなって。それに比べ、咲紀は幼い顔立ちをして、小柄な体つきだ。今でもそれは変わらない。クラスメイトの女の子を見ても、大人っぽい顔立ちをして、身体も「大人の女性」に見える。咲紀はそのことを考えると落ち込みそうになるが、「咲紀ちゃんは、年取った時、若く見えるよ。」と瞬が言った時、腹が立って、瞬を叩きそうになったが、よくよく考えると「若く見えたら、おばあちゃんになっても瞬ちゃんにがっかりされないじゃん。」と開き直ることにした。
「瞬ちゃん。」
「ん?」
「今日さ、校外学習の班決めするじゃん。一緒の班になれるといいね。」
「うん。僕も咲紀ちゃんと一緒がいいな。」
「雛ちゃんも一緒がいいな。」
「それなら、立花も一緒がいい。」
「もうそれ、ダブルデートじゃん。」
咲紀は言って後悔した。瞬との関係は曖昧だからだ。
小学校低学年ぐらいの時に、瞬がお弁当作りをし始めて、瞬の手作り弁当を食べて、「美味しいから毎日食べたいよ。」と感想を言うと、「結婚してくれたらずっとお弁当作ってあげるよ。だから結婚しよう。」と瞬から言われた。その時は「いいよ。」と答えたが、大きくなっても具体的に「付き合おう。」と言われたことも言ったこともない。「付き合う」という感覚が分からなかったと思う。咲紀の親友、高木雛と瞬の親友、橘立花が付き合ってるのを知って、今なら「付き合う」ということが分かる。しかし、あの作文から考えると、本気なのか、「子どものお遊び」の延長で書いたのか、咲紀には分からないのだ。今の感情としては、咲紀は確かに瞬に想いを寄せている。だからこそ、幼馴染であっても瞬の気持ちが分からないのだ。だが、瞬が咲紀に悪い感情を抱いていないということは分かる。手を繋いだり、抱き締めたり、ドキッとすることがある。本当に性質が悪い。この曖昧な関係を楽しんでいる咲紀がいることもまた事実。
「い、いや、違うよね。ダブルじゃないね。ははは。」
咲紀は俯いた。
「デートじゃないの?」
瞬は顔を覗き込むように言う。
「デート、そ、デート!付き合ってなくても、デートって言うか。言うな。うん。グループデートとか言うし。うん。そうだ。そうだよ。」
咲紀は一人で納得するように自分に言い聞かせた。
瞬が何を考えて「デート」だと言ったんだろうか、と疑問に思う。仮に瞬が咲紀のことが好きで、付き合ってると咲紀が思っていたとして、それを確かめた時に「付き合ってない。」と言われたらとてもショックだ。だから、咲紀はまだ確かめたくない。
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