第九章-α 『黒銀の決戦』

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「う……ぐぅっ……んんっ……」 「貴方達……どうしてこのような事を……」 「極道の掃除だったとしても……真緒さんは堅気ですし、何も関係無いでしょう!」 「……ほう、その話をどっから聞いてきたのかは知らねぇが、こいつが俺達の敵である事に変わりはねぇぞ」 「こいつが帝組のヤクザじゃなかろうが、組長が身内にいる奴として……おめえがここに来るまでに、この真緒ちゃんには俺達の肉便器になって貰ってたって訳さ」 「そんな……そんなのただの、八つ当たりでは無いですか!!」 「当ててたのはどっちかっつうとケツにだけどな! はっはっはっ……」 「ッ!!」 「━━がはっ!!」 「!! おお、早いねぇ〜」 もうダメだ。何故真緒さんを穢したのか等、理由を聞くのはやめよう。 こいつらと会話をしていても、殺意だけしか生まれてこない。 というよりも屋上での光景を最初に目にした時から、既に最高値までに達していたのだが。 例え帝組組員殺しの犯人では無かろうが、こいつらは真緒さんを強姦した者達としてどちらにせよ逮捕される……もうどのような相手だが探る必要も無く、後は実力を行使するだけだ。 「はぁっ!!」 最初の一人を不意打ちで倒し、残りはあと四人。 「なに? 君俺達に勝てると思ってんの〜?」 「完全に殺しに来てるなお前、やっぱこいつ、この女とデキてたんだな」 「ヤクザとサツのカップルなんてお似合いだな……だがヤクザだろうが、所詮はガキ」 「俺達大人を……ナメんじゃねぇ!!」 「!?」 「おらどうしたぁ!!」 「ギャハハッ!!」 「ぐっ!!」 独特の高笑いが特徴的な金髪のオールバックの男……奴から喰らった飛び蹴りを防いだ際に組んだ腕が痺れる。 その痛みに悶える暇も無く、他の奴等も多方面から次々と追撃を入れてくる。 まるでチームプレーで獲物を狩るハイエナ達……強い。 流石に怒澪紅の幹部を思わせる者達では無いという事か。 「オラオラ当たんねぇぞオラァ!!」 「ぐっ……」 「さっきのスピードはどこ行ったんだぁ!?」 「ふんっ……」 ……という事は真緒さんのスマホを使って、俺に電話をかけてきたあのスキンヘッドの男が、怒澪紅のボスなのか? 「ぐっ……」 彼は戦闘には参加せず、真緒さんの腹を踏みつけながら俺が攻められている様を眺めている。 「ふん、他の奴等を倒しながらここまで来たぐれぇだから、どんだけ強え奴なのかと思っていたが……とんだ期待外れだったな」 「何……?」 「テメェよりは、まだ帝真緒の方が強かったぞ」 「まぁこいつ、セックスの方の責めは弱いみてぇでな……胸揉んだりまんこに指入れたりしたら、すぐ大人しくなったわ」 「っ……!!」 「おっ、やるか?」 「あっお前どこ行くんだよ」 「いいぜ相手になってやんよ、お前らは手を出すなよ」 先程から分かりやすく俺の火に油を注いでくるスキンヘッド。 取り巻きは相手にせず、こいつから先に殺れと心が叫び、体が奴の方へと飛んでいく。 「ふっ、はっ、ほっ」 「っ……!!」 しかし奴は未来を予測しているかのように、そちらからは攻撃せず、後ろに下がりながら俺からのラッシュを上下左右に避けていく。 本当に全く当たらない……俺はお前達を殺したい一心なのに、奴は余裕のある表情でニヤリと笑いながら、相も変わらず俺の事を挑発してきていた。 「くっ……ふっ……」 「さっきから攻撃が……」 「っ……!?」 「ワンパターンなんだよぉッ!!」 「うぐっ……!?」 ……そして今度はスキンヘッドからの攻撃のターン。 俺が今まで攻撃を繰り出していた分に力を溜めていたのか、そのバズーカのような威力の拳を真面に腹へと喰らった俺は、吹っ飛ばされながら身体を地面に引き摺らせた。 とても痛いが、一秒でも長く這いつくばったままでいると、奴等から追撃されて更に損傷を喰らわされる事になる。 「ふぅっ……!」 絶対に負ける訳にはいかない……自分の身体、そして何よりも真緒さんを守る為に、俺は立ち上がる。 「あの街にヤクザはいらねぇ……暴対法に縛られるようになったヤクザに、最早ヤクザとしての価値はねぇ」 「昔にシノギをしてた頃は、堅気の奴等をビビらせて、それで歌舞伎町の治安を守ってたらしいが……今は見る影もねぇし、犯罪もその時より多くなってやがる」 「皮肉なもんだよなぁ……国を守る為に作られた法律なのに、ヤクザが法を犯せなくなった分、他の俺達みてぇな奴等が法を犯すようになっちまったんだぜ?」 「……皇にも帝にも特に恨みはねぇが、前から歌舞伎町の事は狙っててな」 「これからは俺達が歌舞伎町の法になって統制していく、テメェらの役割は俺達が引き継ぐ……だから安心して、ここでくたばれや仁藤」 「くっ……」 「……ふんっ、貴様らに統制を任せたら、それでこそあの街は終わりだ」 それから奴等の持論を聞いていると……意識を取り戻した様子の真緒さんが、満身創痍の状態であるがその場から立ち上がった。 「真緒さん……!」 「確かに今の皇と帝は弱っている……それこそ、貴様等のような奴が勢力を拡げたくなる程にな」 「だが自らが犯罪者だと名乗っている奴等が、歌舞伎町を仕切ったらどうなる……貴様等を模倣とした犯罪者が今よりも増え続けるだけで、歌舞伎町が廃れていく一方だ」 「それに街の治安を守っていくのは、本来なら皇でも帝でも、貴様等怒澪紅では無く……私達警察の役割だ」 「……待たせたな、大和」 「真緒さん……大丈夫ですか!?」 「私の事はいい……今は、こいつらの事に集中しろ」 「はい……」 それから真緒さんも服を整えつつ、俺の隣に立って戦線に復帰する意志を見せた。 彼女は奴等から穢された張本人であるが……俺とは違って怒りを露わにすること無く、冷静な表情で奴等の姿を捉えていた。 「ふっ、そんなサツでもさっきみたいに犯されてたらサマねぇな」 「精々ほざいていろ、どうせ貴様等の余生は刑務所で過ごす事となる。言いたい事は今の内に言っておくんだな」 「なら今の内に、もう一回まんこ貸せやァ!!」 「ふんっ!!」 「ぐうっ!?」 ……しかし、それでも真緒さんは怒っていた。 最初に真緒さんに突撃して行った男の腹に突き刺さる、真緒さんの拳の強さにそれは表れていた。 「はぁっ!!」 「くっ!!」 「やぁっ!!」 「うっ!!」 そしてやはり真緒さんは強い。 俺が押されていた四人の男達に全く怯む事無く、囲まれながらも攻撃を防ぎつつしっかりと反撃もしている。 この場面からどのようにして、真緒さんが押されて穢されていく展開へと変わっていったのか……想像もつかない。 「ふん……戦闘ではやはり私の方が上だな。男多数で女一人にも勝てないのか貴様等は」 「はっ……今さっき男の恐ろしさを思い知ったばかりの癖に、よく言うぜ!!」 「ではそのお返しに……私からは貴様等に警察としての恐ろしさを思い知らせてやろう!!」 「来やがれ!!」 「……!」 真緒さんが予想以上に強くて、俺が見蕩れてしまっている今の場面……見覚えがある。 このままじっとしていると……また真緒さんと離れ離れになってしまうような気がした。 もう入る隙なんて無くてもいい……俺は絶対に、真緒さんの傍を離れる訳にはいかないのだ。 「はっ……はっ……だぁっ!!」 「むっ」 「チッ……! テメェ、邪魔すんじゃねぇ!!」 再度男達に囲まれる真緒さん……真緒さん自らが男達を弾けさせる前に、何とかコアへと突撃して、真緒さんの元までやって来る事が出来た。 「はぁ……はぁ……」 「大和……」 真緒さんにとっては、男達を退けさせる事ぐらい簡単だったかもしれない。 真緒さんは俺よりもずっと強いかもしれない。 しかし真緒さんの恋人である以上……例えその必要が無かったとしても、男性として真緒さんを守りたい……! 「……真緒さん、お一人だけで戦ってずるいですよ」 「!」 「俺だって、一応は強いんですから……真緒さんと一緒に戦わせてください……」 「もし本当は弱かったとしても……男として、真緒さんの前では格好をつけていたいんです……!」 「大和……ふっ、すまない。 つい集中しすぎて周りを見ていなかったのだ」 「どうやら私は、お前の事を置き去りにしてしまっていたようだな……チームプレーで行動しろと、笠鬼さんから怒られたばかりなのに……私という奴は……」 「……本当です! 何度言われれば分かるんですか!」 「大和……?」 「こうなればもう、口で言っても聞かない以上……行動に移すまでです」 「大和……!?」 「ここからは何があっても、ずっと真緒さんのお傍にいるので……絶対に俺から離れないでくださいね、真緒さん」 「!……ああ、いいだろう」 「……ではこうしてしまえば、離れたくても離れる事が出来んだろう?」 「ま、真緒さん……!?」 すると真緒さんは内ポケットから手錠を出して……自身の腕と俺の腕に鍵をかけた。 これならば確かに離れ離れにならないが……まさかこの状態で戦えというのか? 律儀にも俺達の会話が終わるのを待機してくれていた怒澪紅の奴等……しかしどうして襲ってこないのかは、咄嗟の真緒さんの行動に呆れているからのようにも思えた。 「……おい、痴話喧嘩は終わったかよ」 「はっ、自分から片腕を塞いで馬鹿じゃねえのか?」 「ふんっ……別に片腕が塞がれたといって、こちらが不利になった訳では無い」 「たかだか腕が……四本から三本になっただけだ!!」 「いっ!!」 すると真緒さんは俺と手錠を繋げたまま、男達の元へと突っ込んで行った。 真緒さんが急に動けば、当然俺も自動的に真緒さんと同じ方向へ身体が引かれていく。 「っ……!」 しかし彼女とは片時も離れないと、心でも言葉でも誓った身……真緒さんがどのような無茶な動きをしても、俺はしっかりと彼女の後に着いて行かなければならない。 「ふんっ!!」 「がぁっ!?」 まず真緒さんが利き手じゃないにも関わらず、左拳で男の頬を差し……そのまま地面へと叩きつかせた。 そして真緒さんは繋がっている右腕で、弧を描くように俺を前方へと振りかざす…… 「はぁっ……!!」 「!!……くっ……!!」 ……真緒さんが何をしようとしているのかが分かる。 俺は止まらず、遠心力に身を任せて足に力を入れる。 「だぁりゃあッ!!」 「うぐっ!!」 「ごほっ!?」 そして真緒さんの武器となり、飛び上がって鎖鎌へと変えさせた自らの脚は……そのまま男二人の頭を巻き込み、男達は吹っ飛ばされていった。 ……真緒さんが加わっただけで、この短時間で三人をも撃破してしまった。 「はぁ……はぁ……」 「やるじゃないか大和……大丈夫だったか?」 「いえ……真緒さん、凄い体幹ですね……」 「これで……残りは貴様だけとなったな」 「ふん……」 ……そうして残ったあと一人はスキンヘッドの男。 いや……厳密にはあと二人。 「……」 もう一人……文月は先程から何もせずに、俺が屋上に来てから変わらない位置で壁に寄りかかっており、こちらの様子を伺っている。 「いや〜恐れ入ったぜ、これが愛の力って奴か」 ……それからそのような彼の事を気にする間もなく、スキンヘッドはそう言いながら拍手をしてきた。 「……だが、少し調子に乗りすぎたな」 「……!」 しかし男は俺達の事を認める素振りを見せても、諦めている訳では無かった。 内ポケットから突き出されたのはピストル……これもまたどこかで見た事がある光景。 ……だが今度は偽物という訳では無さそうだ。 「ほう……追い詰められたが最後、拳銃に頼るとは……この勝負、貴様の反則負けという事でいいか?」 「へっ、口の利き方に気をつけろよ……どんな手を使ってでも最終的に勝てばいいんだ。大人をナメんじゃねぇ」 「ふん、潔く負けを認めずにそこまで勝負に執着していては、負けず嫌いの子供と同じだぞ……本当は大人では無いのではないか?」 「テメェ……!」 「真緒さん……」 銃を見ても全く怯まず、それどころか煽るに煽る真緒さん。 そんな命知らずの真緒さんを守る為、前に出て彼女の盾となる。 「━━ここまでにしておきましょう、灰島さん。この建物に続々と警察やら皇組が侵入してきています」 「どうせ我々に逃げ場はありません、これ以上罪を重ねるぐらいなら、大人しく出頭しましょう」 「文月……テメェ、諦めんのか?」 「諦める諦めない以前に、私はただ今の状況を見て冷静に判断したまでです……乱暴は嫌いなので、私はここで降ろさせて頂きますよ」 「……」 ……結局、最後まで文月は何がしたいのかが分からなかった。 紳士な態度で俺達をここに連れて来て安心させたと思いきや、その直後に知った真緒さんが強姦されているという事態……しかし現場に行った時は文月は参加している様子も無かったし、彼は現在も傍観者として居続けた。 敵か味方か分からない……だが参加をしていなくても、真緒さんが嬲られている姿を止めもせずに見続けていたという意味では、やはり敵なのか? 「はっ、何だそれ……俺一人だけがアツくなってるみてぇでバカみてぇじゃねぇか」 「罪を重ねるなっつってもなぁ……こちとら既に後戻り出来ねえくらいにシノギ削ってきてんだわ」 「どうせこのまま死刑とかになるんだったら……その前にせめてテメェらも道連れにしてやんぜ!!」 「っ……!!」 そして再び銃を構えたスキンヘッドに対して、真緒さんの盾となりながら、銃でどこかしらを撃たれるのを覚悟していると…… 「……があっ!?」 「っ!?」 男の物とは別の場所から、銃声が聞こえた直後……男は銃を落としながら、右手を抑えて苦しみ始めた。 「……よし、捕まえろ」 そして銃声が聞こえた方を見ると……そこには構えていた銃から煙を立たせていた、笠鬼さんが立っていた。 笠鬼さんは彼と同行していた警察達にそのような指示を出し……やがて悶絶しているスキンヘッドの姿が、警察達に囲まれて見えなくなっていく。 他の気絶していた男達にも……そして傍観者でいても、犯罪が起きているのを止めなかった文月にも手錠がかかる。 ……これで、決着はついたのか? 「……ふっ、終わったな」 急転直下な戦いの幕引に呆然としていた俺達……すると真緒さんはその事を自覚させるように、俺の手を握って微笑んできた。 幾らか心残りな事があるが……終わりよければすべてよしというやつか。 そして怒澪紅よりも何よりも……平気そうでいても既に心体はボロボロである筈な、真緒さんの様態を気にしなければならない。 「……おめェらどうしたんだ、仲良く手と手錠まで繋いじまって」 そうして見つめ合っていた俺達の元に、笠鬼さんがやって来た。 「すまねェな帝、遅くなっちまって……拉致られたって事で来てやったがボロボロじゃねぇかおめェ……奴等からリンチでもされたんか」 「っ……」 笠鬼さんは真緒さんがアジトに来てからの事を知らないのか……流石に奴等にレイプされていましたと報告する事は出来ないだろう。 ……笠鬼さんから質問を受けても、真緒さんは沈黙したまま顔を伏せていた。 「……そうか、まぁ報告は後でもいい。 とりあえずお前達は休め、話はそれからだ」 「はい……ありがとうございます」 「……」 「……真緒さん?」 「……くっ」 「!? 真緒さん……!? 真緒さん!!」 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 大丈夫そうに振舞っていても、笑顔でいても……やはり真緒さんの身体は既に限界を越えていた。 真緒さんが倒れてから……パトカーの群れに救急車がやって来る。 そして真緒さんの側にいてやれという事で、斬江から同行を許されて……俺も救急車に乗って、真緒さんと共に病院へと向かう。 もう怒澪紅の事は笠鬼さんや斬江達に任せておこう……真緒さんの無事だけを考えて、彼女の手を握る。 ……やがて病院へと辿り着き、真緒さんは目覚めないまま、診察室へと運ばれて行った。 その部屋の向かいにある椅子に座り……手を組んで真緒さんが目覚める事を祈り、結果が分かるまで待機する。 だが真緒さんの無事を祈っていても……真緒さんがこのまま目覚めなかったらどうしようという、不安の気持ちに蝕まれそうになる。 身体のどこからも血は流していなかったので、外的損傷を理由に亡くなる……という事は無いと思うが、万が一という事もある。 「……!」 「あ、帝さんの同伴の方ですか?」 「……はい」 ……そして、診察室から医者が出てきた。 何かを言いづらそうな面持ちでは無い……真緒さんが亡くなったと伝えに来た訳では無さそうだ。 「それで、結果は……」 「はい、軽いショック状態で気絶しているだけです……暫く安静にしていれば、お目覚めになりますよ」 「!……本当ですか、ありがとうございます」 「お会いになられますか?」 「はい、失礼します」 そうしてお医者さんに案内されて……真緒さんのいる病室へとやってきた。 「……」 真緒さんの隣に行き、彼女の状態を確認する。 月明かりに白い肌が照らされて……真緒さんは氷のように、すーすーと寝息を立てて気持ちよさそうに寝ている。 今日は……本当に色々とありすぎた。 たった一人の怒澪紅のメンバーを見つけた時から、一気にボスとの最終対決まで発展して行ったのだから……。 本当にごめんなさい……そして、無事で良かった。 色々な気持ちを込めて、俺は真緒さんの頭を撫でた。 「んっ……?」 「……あっ、真緒さん……おはようございます」 そして俺の手の感触に気がついた真緒さんは……ゆっくりと目を開けて、赤く細い瞳を俺に向けてきた。 「む……大和か……ここはどこだ?」 「ここは病院ですよ……真緒さん、怒澪紅のアジトで急に倒れて……」 「……そうか、思い出したぞ……怒澪紅の奴等はどうなった?」 「全員笠鬼さん達に捕まりました……今頃は皆さん、警察署の方にいると思います」 「そうか……一先ずは一件落着という訳だな」 「真緒さん……体調の方は如何ですか?」 「ああ、調子はいいぞ……だがこの後は、妊娠していないかどうかの検査をしなければ」 それから真緒さんは伸びをすると、身体を起こしてベッドの背もたれへと寄りかかった。 「腹の子供には悪いが、今は生まれてきてはいけない命だ……これ以上育つ前に避妊したい」 そして申し訳無さそうな表情を浮かべながら……真緒さんは検診衣越しに自身のお腹を撫でた。 「奴等、よりにもよって危険日に膣内で射精しおって……本当にどうしようも無い奴等だったな」 「真緒さん……?」 「……ああ、レイプの事なら気にしなくてもいいぞ、私は平気だからな」 「本当ですか……?」 「ああ、本来ならば心に深い傷を負って、産婦人科だけでなく精神科もかかる所であろうが……本当に大した事は無い」 「……私には、大和がいるからな」 「!」 そうして俺の手に手を重ねながら、優しく微笑んだ真緒さん。 笑顔を見せる程に余裕があるのであれば大丈夫そうだ……だがここで安心する訳にはいかない。 真緒さんは無理して言っているかもしれないから……俺の事を気にして大丈夫そうな振る舞いをしているのかもしれないのだから。 「……本当の事を言ってください真緒さん」 「んっ……」 別に求められていない。 別にそうしてくれと頼まれていない。 本当は大丈夫なのかもしれない……それでも俺は、真緒さんの事をきつく抱きしめる。 「ふっ、大和……一体どうしたのだ、少しの間離れ離れになっていただけなのに、私に会えてそんなに嬉しかったのか?」 まるで愛情を求めて甘えてきている子供をあやす母親のように……真緒さんは抱かれたまま、俺の頭にぽんぽんと手を置いた。 「真緒さん、もっと素直になってください……もう全部終わったんですから、我慢しなくてもいいんです」 「大和……抱きしめ合うのはいいが、力が強いぞ……苦しいから少し離れてくれないか?」 「……嫌です」 「……何だと?」 「真緒さんが本当の事を言ってくれるまで、絶対に離しませんから……」 「あっ……」 真緒さんを抱き締めて……頭に手を巻いて、彼女が逃げれない状況を作る。 そして強く抱き締める程に……真緒さんの声が震えていく……。 もう少しだ……もう少し力を入れて抱き締めていれば…… 「うう……」 「真緒さん……?」 「うっ……ぐすっ……」 「!」 ……徐々に真緒さんの目が当たっている、俺の肩が湿ってくるのを感じる。 「うう……大和……大和……」 「真緒さん……」 やっと……やっと泣いてくれた。 力を加えて果汁を出す林檎のように……俺に抱き締められている真緒さんは、ポロポロと涙を流し始めた。 それで真緒さんのリミッターが外れたのか……抱き返して涙を流した瞬間から、彼女の身体の震えが止まらない。 「本当は……とても怖かった、とても痛かった……」 「犯されていた時は……このまま男達に嬲り殺されてしまうのかと、死を覚悟した程だった……」 「そこまで追い詰められていたなんて……どうして我慢なんかされていたんですか」 「そりゃ我慢だってするさ……涙など、軽々しく人前で流したくないからな」 「それにあの時に泣いていたら……奴等から更にナメられると思った」 「私は格闘だけで無く……レイプされた如きでも動じない、メンタルも強い人間だと奴等に思い知らせてやりたかったのだ」 「ですが……もうここに、奴等はいませんよ」 「そうだな……これで安心して、楽になる事が出来る」 「お前の前であれば、泣き顔を晒しても構わないからな……っ」 「真緒さん……」 そうして真緒さんは俺から少しだけ身体を離して、自身の今の表情を俺に見せてきた。 最早涙を垂らしている程度の物では無い……真緒さんは顔を真っ赤にくしゃくしゃにしながら、嗚咽して涙をボロボロと溢れさせていた。 ……こんな風に泣く真緒さんを見るのは初めてだ。 「すまなかったな大和……っ、大和とは恋人同士であるのに、他の男達に一度に抱かれてしまった……っ」 「あのような無様な姿も晒してしまった故……お前から汚い女だと思われても仕方が無いよな……っ」 「そんな……あの時は不可抗力でしたし、真緒さんが謝る必要は何もありません」 「……それに真緒さんが奴等から汚されたとしても、俺が真緒さんを綺麗にしますから」 「綺麗にする……? お前がか……?」 「……あっ、別に変な意味では無いのですよ?」 「ただ、俺と一緒にゆっくりと……心の治療をしていきましょうという意味で……」 「ふむ……逆に変な意味とはどういう事だか聞かせてもらおうか」 「えっ……?」 頬を撫でながら真緒さんを慰めていると……彼女は目を擦りながら、ふふっと笑ってその質問が出来るまでに回復しようとしていた。 彼女は返答に困っている俺に対して、実は分かっているようなニヤニヤとした表情で、俺の顔を覗き込んでいた。 「それは……真緒さんのトラウマを、俺とのエッチで上書きさせて頂くという事で……」 「……ふむ」 「それならば……身も心も二人の物だけで満たされて……先程のショックを少しでも軽減出来ると思うんです……」 真緒さんの誤解を招かないように、慎重に言葉を選んでいくが……真緒さんの笑顔が、徐々に不機嫌そうな物へと変わっていく。 「……それはただ、お前が私とシたいだけでは無いのか?」 「!? いえ、そのような事は決して……別に先程起きた事件だからと言って、事を急ぐ必要は無いと思います」 「……それに真緒さんの体調の事もありますから」 「ふむ……私は別に構わないのだぞ、彼氏の性欲を解消してやるのも、彼女の役割なのであろう?」 「この服の下は裸だしな……何ならば今すぐにでも始めるか?」 「……!?」 そう言うと真緒さんは少し検診衣をはだけさせて、胸の谷間を晒しながらそのような挑発をしてきた。 もしかして今すぐにでも忘れたいのか……彼女の考えが読めず、沈黙してしまう。 「ふっ……冗談だ。流石の私も公共の場所でするつもりは無い」 「……そうですよね、良かったです」 「……だが、そういう事も含めてやはり私は大丈夫だ」 「……本当ですか?」 「ああ、痛くても怖くても……お前と一緒にさえいれば、いくらでも思い出で更新出来るからな」 「本当の事を言う前に、その事を言ったので嘘のように聞こえてしまったかとは思うが…….大和がいるから大丈夫だというのは本当の事だ」 「真緒さん……」 「なので今晩は……え、エッチはしないにしても、お前と一緒にいて、お前の言う心の治療とやらを受ける事にしよう……今朝にお前のアパートでした会話……覚えているか?」 「えっ……?」 「お前のアパートに、今晩泊めてもらうという話だ……改めて、お願いしても良いだろうか」 「!……ああ、勿論いいですよ。ゆっくりして行ってください」 「……ありがとう」
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