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第九章-α 『黒銀の決戦』
東京……新宿。
空が暗くなるに連れて、幾多の灯が輝き出し……いつまで経っても暗くならない事から、眠らない街として知られている。
その灯となる元は……今日も日中や夜になっても尚働き続けている社会人の、血は無くとも汗と涙で出来た魂だ。
高い場所から見上げる夜景はいつ見ても綺麗なのだが……そこから見える何十本もの鉄の塔で輝く光の、一つ一つが社会人達が働き続けているという証なのだ。
しかし社会人達もロボットでは無い……休まなければ疲れてしまうし、ストレスを貯め続けてしまえばいつかは壊れてしまう。
そんな新宿で働く社会人達を癒す為に……歌舞伎町という街がある。
酒を飲んで嫌な事を忘れる居酒屋……。
男は女を、女は男を抱いてストレスを発散させる風俗店……。
新宿の何処よりも煌めく眩しい歌舞伎町では……金さえあれば、そうして仕事で壊れそうな心に包帯を巻く手段が何通りも存在する。
……しかし眩しければ眩しい程に、相反する影は濃く黒くなっていく。
そんな者達の心に漬け込んで、金を騙し取り……酷い時には利用した挙句に殺してしまう、それがかつての極道のやり方だ。
甘い言葉で客を誘い込み、店に連れ込んだが最後……安い酒を高く売りつけて、会計時に何十万もの金を請求していたと、斬江は言っていた。
しかしそれは何年も昔の話……今は暴力団対策法という法律が出来た事で、歌舞伎町でヤクザとしてのシノギも出来なければ、経営も難しくなっているらしく……今歌舞伎町で活動している極道は、皇か帝の二組しか無いらしい。
無論、俺が入っている皇組もそうしたシノギはしていないらしい……皇組と名乗っていても正式な名前は皇興業であり、歌舞伎町にある様々な店を経営しているオーナーのような存在であるようだ。
斬江からその話を聞いた時は……俺が今まで抱いてきたヤクザのイメージとは違ってよかったと安心した一方……帝組の方はどういう状況なのかが気になった。
帝組の組長は……あの真緒さんの実の父親だ。 まぁ真緒さんは帝組には入っていないし、気にする必要は無いであろうが……真緒さんと会う度に、帝組がどう思うかが唯一の不安点だ。
とにかく表面的には……歌舞伎町でよく法を犯しているイメージのある二組が、ついにイメージでしか無くなってしまったという訳だ……日頃から歌舞伎町を利用している一般客達も、安心して金を散財出来る事だろう。
……しかし、歌舞伎町から脅威が無くなっても、犯罪自体が無くなる訳では無かった。
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「ふぅ……」
夜……今日も仕事が終わった。
集金、ラーメン屋の屋台……それらの仕事を踏まえて、俺はまた日雇いが続くフリーターのような仕事に戻っていた。
それら二つの仕事は新鮮で、まだ二つしかやっていないし時間もそれ程経っていないのに……今日の工事現場の仕事では、懐かしい気持ちで働いていた。
どんなに辛い仕事でも、続けていけば慣れるという事か……最初の内は怒られながら働いていたのに、今日は何も指摘をされる事無く、むしろ監督からお褒めの言葉を頂いたまま仕事を終える事が出来た。
「……」
監督の言葉が……今でも心にほんのりと温かく、残り続けている。
漸く波に乗り始めてきているのを感じる……昔は斬江にやれと言われた度に憂鬱になっていたが、今ではその仕事場が好きになっていくのを感じる……。
あと何回、斬江から工事現場に行けという命令が下されるのか……これ以上仕事の環境が変わるのが嫌だという不安を、皆と会える黒百合さえ変わらなければ大丈夫だという期待で塗り替えていく。
実際今日も、黒百合に向かう最中だ……今日は機嫌がいいから、楽しい気持ちで真緒さん達ともお喋りが出来る事だろう。
……その前に一度家に帰って、今も腹を空かせているであろう渚を迎えに行かなくては。
彼女はまだ、黒百合のご飯を食べた事が無い……いつも通り出かける前に、朝飯も昼飯も夕食も作っておいてやったのだが、今頃はそれを全て食べ尽くし、黒百合に着いた時には沢山のご飯を食す事になるのであろう。
中学生の成長期とはこんなものなのか……ひとまず一番街を通って、渚の待つ大久保のアパートを目指していく……
「……?」
その途中……街の真ん中で人集りが出来ているのに気がついた。
まだ夜でも泥酔状態になるには早い時間だが……最近よく見かける酔っ払い同士のケンカだろうか。
その程度で済めばよかったのだが……人混みの奥では、見るだけで不安になる複数の赤ランプが回転していた……パトカーだ。
そこでは人混みを遮る為に、立ち入り禁止を意味する黄色いテープが張られており……その奥では刑事らしき複数の人物達が、テープ内のエリアで何かの調査をしていた。
……ただの事故だという訳では無さそうだ。
「わ〜すげぇ……モノホンの刑事ドラマ見てるみてえ」
「おまわりさーん、事故っすか事件っすか?」
「押さないでください! この先は現在調査中なので立ち入り禁止です!」
俺も人混みに近付いて行き……どうせ全てまでは知れる筈が無くても、少しでも現場の状況が見たくなる。
野次馬達を抑えている警察とのやり取りの奥では……微かに警察達が、ビルとビルの隙間に出入りしているのが見えた。
あの辺りは確かビルの裏口に囲まれた空間に続いている道で……人目につかない場所でもある事から、よくカツアゲなどを目撃していた場所であった。
「……あらあら、これじゃあ暫くは通れそうにないわねえ」
そしてその場所では……人混みの一番後ろから、仕方が無いといった表情で現場を眺めていた斬江もいた。
「斬江さん……」
「あら大和仕事帰り〜? おかえりぃ、お疲れ様ぁ」
「はい……あの、一体何があったんですか?」
「私もついさっき来たばかりだから分からないわぁ〜……でも、あれだけ刑事さん達がいる現場なら、ただの事故って訳じゃ無さそうよねぇ」
「はい……」
……それからテープを掻い潜り、人混みから二人の刑事が出てきた。
「はいはいどいてください、失礼しますね〜」
一人は強面だが、野次馬達に丁寧な言葉を掛けながら道を作っていた、中々のベテランそうな中年の刑事……。
「……」
そしてその後ろでは……真緒さんが彼の後ろに着いて来ていた。
しかし真緒さんは俺の事に気付きもせず、何だか元気が無い様子で下を俯いている……。
「こんばんはぁ刑事さん、お勤めご苦労様ぁ」
「……むっ、皇か」
「何があったの〜?」
「あまり詳しくは言えねェが……帝組の人間が被害者の殺人だって事は教えといてやる」
「あらそうだったのぉ……本当? 真緒ちゃん」
「……」
「……てかこの事件の犯人、実の所おめェなんじゃねェか皇」
「ええ〜? 私は関係無いわよぉ、確かに昔から帝さん家とはライバル関係だって事になってるけど〜」
「別に今は戦争とかしてる訳じゃないし、当たり前だけど家では殺しも禁止してるから、私達は何も手出ししてないわ〜……ねぇ大和?」
「あ、はい……」
「聞いてもねェ事を言い訳みてェに話し始めて怪しいなおめェ……ちょっと署まで付き合え」
「えぇ〜、これから帰ろうと思ってたのにぃ〜……まぁ、いいわぁ」
「斬江さん……?」
「……大丈夫よ大和、私は本当にやってない。 私も色々と教えて貰いたい事があって行ってくるだけだから……それじゃあまたね〜」
「は、はい……」
そうして斬江はその刑事にルンルンと着いて行きながら、これから連行されていくのだと感じさせない態度でパトカーに乗り込んだ。
「……」
……それに続き、真緒さんもそのパトカーの助手席に乗り込もうとしていた。
「あ……真緒さん」
「ん……大和か」
「大丈夫ですか……?」
「すまない……少し考え事をしたいのだ」
「あっ……」
そうして結局挨拶が出来ず、別れの言葉も掛けれないまま……真緒さんはパトカーに乗って、新宿警察署へと帰ってしまった。
被害者が帝組の人間であるというその事件……真緒さんが落ち込んでいる原因も明らかだ。
「……えーっと、仁藤くんだっけ?」
「えっ?」
「久し振りだねぇ、私の事覚えているかなぁ?」
靖国通りへと遠ざかっていかパトカーを見送っていると……ふと女性から声をかけられた。
その女性は青い作業着を身につけた……黒くふわふわとしたロングヘアーで、丸眼鏡をかけている。
「……仙崎さん?」
「そうそう! 久し振りだねぇ、一年ぶりぐらいだっけ?」
「はい、ご無沙汰しています」
彼女は仙崎薫さん。
真緒さんとは高校時代からの友人で……彼女もまた、新宿警察署の鑑識課に所属する刑事である。
そして仙崎さんも靖国通りから右を曲がる、真緒さん達が乗っているパトカーが見えなくなるまで見届けていた。
「真緒の事を心配したくなる気持ちも分かるが……暫くはそっとしておいてやってくれないか?」
「真緒さん……やはり帝組の方が被害者だという理由で……」
「それもそうなんだけど、何より殺し方が惨すぎた……そしてその帝組の被害者というのは、女性だったんだ」
「え……?」
「私から教えられるのはここまでだ……とにかく今は二人で、どうやって真緒を元気づけられるか考えようじゃないか」
「……分かりました」
「それでは……私もこれで失礼するよ」
「はい……お疲れ様でした」
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それから速やかにアパートへと向かい、渚を外へと連れ出した。
「渚……今日はお外に出ましたか?」
「出てないよ〜、今日は家でゴロゴロしてた」
「そうですか……良かったです」
「なんで?」
渚を回収した後、少々早歩きで避難するように黒百合へと急ぐ。
「いらっしゃ……あっ! あなた達大丈夫だった!?」
入店して早々、入ってきたのが俺達だと認識したブルヘッドさんは、慌てた様子で俺達に声をかけてきた。
「ブルヘッドさん……?」
「今一番街の方で殺人事件があったっていうのがニュースでやってるの! あなた達中々来ないから心配したけど良かったわぁ」
「……やはりそうですか」
「えっ……殺人事件……?」
不安な表情で俺の方を向いた渚の頭を撫でる。
店内では他の客達も今回の事件について話し合っており、見慣れた歌舞伎町一番街が映し出され、殺人事件があったというニュースが流れているテレビを皆で注目していた。
「やっぱりあれって事件だったんだ……お店のすぐ近くであったとか、全く気が付かなかったわ」
「凪奈子ちゃん……無事で良かった……」
「本当にどこも怪我してないのぜなっ!?」
……そしてその中には、飯田さんと長内さんと瀬名さんもいた。
黒百合に急いでいた理由は、渚を安全な場所に連れていくだけでは無く、彼女達の安否を一刻も早く知りたかったからというのもある。
「皆さん……ご無事でしたか」
「あら仁藤くん、あんたこそ無事で何よりだわ」
「おっ、やまちゃんお疲れ様なのぜ〜!」
「こんばんは、仁藤くん……無事で、良かった……」
皆自分の事よりも俺の事を心配してくれる程に元気そうだ……三人とも、犯人とは全く干渉していないと判断して良さそうだ。
「飯田さんと瀬名さん……一番街での事件という事でしたが、大丈夫でしたか?」
「お店から出てきた時には既にパトカーが沢山止まってたし、人通りの多い場所から来たから大丈夫よ」
「あたいはそもそも朝から歌舞伎町にいなかったし大丈夫なのぜ!」
「そうですか……長内さんはやはり、今日はずっとお店の中に?」
「うん……今日のお客さんは常連さんばかりで……怪しそうな人は、誰もいなかった……」
「良かったです……」
「殺人事件があったなんて……あたし知らなかったよ……」
「渚は大丈夫だった? こういう事がまた起きるかもしれないから、歌舞伎町に行く時は独りで行っちゃだめよ」
「分かった……あたしも大丈夫だったよ、今日はずっとお家にいたから」
皆からの無事だったという話を聞いて、皆とは毎日のように会っているが、いつもここに全員が揃えるのは当たり前では無いという幸せを噛み締める。
しかし全員と言っても……ここにはまだ一人、来ていない者がいる。
「真緒は……今日は来ないでしょうねぇ」
「なんで?」
「真緒ちゃんは警察だから……今はまだ、事件の操作をしているのかも……」
「えぇっ!? まおちって警察だったの!?」
「まおまおがいないのは寂しいけど……お仕事なら仕方が無いのぜな」
前は瀬名さんが黒百合に来なかった期間があったが……今度は真緒さんが黒百合にいない。
酒を飲んで酔っ払い、カウンター席に項垂れている真緒さんがいない光景に違和感を感じる……。
……しかし、今の真緒さんは皆の前で酒を飲む気力も無いであろう。
理由は帝組に所属する女性が被害者であるから……その事を飯田さん達にも伝えたいが、それは仙崎さんから教えて貰った事で本人から聞かされた事では無い……
真緒さんの本当の気持ちも分からないのに、本人がいない代わり俺から皆に伝えるのは、余計なお世話という奴であろう。
「でも真緒ちゃん……今、すごく落ち込んでると思う……」
「……え?」
「そうよね、よりにもよって帝さん家でしかも女の人って……ヤクザじゃなくても、私も真緒だったら落ち込んでるわ」
「男の人じゃなくて、女の人の方を狙うなんて卑怯なのぜ!」
「皆さん……どうしてそれを……」
「全部ニュースで知ったわ」
「ああなるほど……」
……だが情報をより多く、より細かく、より正確に伝えるメディアによって、俺の気遣いも無駄となってしまった。
だが結果的に真緒さんが落ち込んでいるのを、全員が知れたので良かったという事にしておこう。
「……お兄ちゃん、まおちとなんかあったの?」
「はい……実は今日アパートに帰る前、事件現場で他の警察の方々と調査をしていた真緒さんとお会いしたのです」
「そっか……じゃあ真緒は実際に、帝組の女の人のご遺体を見てるって事ね」
「はい……真緒さんのあんなに落ち込んでいるお顔、初めて見ました……」
「そんなにだったのぜか……」
「真緒ちゃん……大丈夫かしら……」
「誰かが亡くなった事に関しては、私達からは元気付ける事とかは何も出来ないわ……本人が元気になるまで、そっとしといてあげましょ」
「真緒自身、いつまでも引き摺るようなタイプじゃないと思うし……暫く経てば黒百合に戻ってくるわよ」
「そうね……」
「分かったのぜ〜」
そうして真緒さんに対する俺達の処置は、放置という結論で話が終わった。
しかしそれでも、一応は恋人の身として真緒さんの事が心配になってしまうもの……最悪の場合、後追い自殺になるなんて事を防ぐ為に、後でこっそり会いに行くか……?
「それもそうですが……何より皆さんも、お気をつけてお家に帰ってください」
「分かってるわ」
「今日も皆で帰ろう……なのぜな?」
「はい、勿論俺も着いて行きます……長内さんは、今回はお家で待たれますか?」
「うん……そうしようかしら……ごめんね……」
「謝る必要なんか無いわよ、安全第一なんだし」
「分かりました……例えお家にいても、夜は決して油断なさらないように」
「分かったわ……」
「仁藤くん、今日はヤケに私達の事を心配してくれるのね」
「皆さんが例え分かっていても……あの時忠告しておけばよかったと、後悔だけはしたくないので……忠告するだけではなく、実際にお付き合いさせて頂いたりして実行もする訳ですが」
「うん、ありがとう……頼りにしてるわよ」
「やまちゃんがいれば、心強いのぜな〜」
「それじゃあ今日は……早めに帰った方がいいかも……」
「そうしようかしらね〜……ブルヘッドさん! お会計お願いします!」
そうして飯田さんは席から立ち、長内さんが入口まで俺達を送る為にカウンターから出ると共に、彼女は財布を出しながら他の客と話しているブルヘッドさんに声をかけた。
「あら今日はもう帰るのねぇ、本当に気をつけなさいよぉ」
「ふひひぃ〜、ちーちーはおじさんが守ってあげるから心配ないぞお」
「ありがとう……」
「もう飲みすぎよぉアナタ〜、アナタも襲われる前に早くお家に帰りなさい!」
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「おやすみなさい……」
「じゃあお疲れ」
「ばいばいなのぜな〜!」
……その後、長内さんと黒百合で別れて、俺は渚を連れたまた……何とか飯田さんと瀬名さんを、それぞれの帰る場所まで見送る事が出来た。
いつもなら靖国通りを歩くまま……三人と別れた後に、ゴールデン街の辺りまで真緒さんを送っていくのだが、今日はいない。
「……これで後は、あたし達が帰るだけだね」
「……はい」
瀬名さんとネット喫茶前で別れた後……一メートルでも遠く歌舞伎町から遠ざかる為に、渚の手を引いて急いで職安通りの方へ向かう。
「……!」
「お兄ちゃん……?」
……その時、スラックスのポケットの中でアイフォンがバイブレーションで震えているのに気がつく。
電源ボタンを押すと、そこに表示されていたのは下四桁が五九一〇の電話番号……斬江からだ。
「はい……大和です」
『はぁい大和〜』
「斬江さん……警察署の方では大丈夫でしたか?」
『ん? あぁ、大丈夫よ〜、逮捕もされずに帰ってきてるわ〜』
電話でも相変わらずのフワフワとした喋り方……先程新宿警察署へと連行へとされて行った彼女だが、本当に話をしただけで帰ってこれたようだ。
『それで今どこー?』
「今は……渚と一緒にアパートに帰る途中です」
『あらそう、そしたら渚ちゃんを家に返してからでいいから〜……お話したい事があるから、この後ホテルまで来なさい』
「……分かりました」
今までのフワフワとした口調から、一気に威圧的な態度を感じさせる強気なものへと変わる斬江。
斬江が俺を、夜に彼女が住んでいる東宝ビルのホテルに呼び出す時……それは斬江が、俺に夜の相手をしろと命令している事を意味する。
例え先の事があっても……何をするんですかと疑問を持ってはいけない、嫌ですと断る事も出来ない。
ただ俺は了承して、息子として、彼女の言う通りにするしか無いのだ。
『あと……家にいたら、どんなに時間がかかってもいいから真緒ちゃんも一緒に連れて来なさい』
「えっ……真緒さんもですか?」
『ええ、事件の事でお話したい事があるから……頼んだわよ』
「分かりました……失礼します」
……だがしかし、やはり斬江は主に事件について話しをする為に、俺に電話をかけてきたようだった。
真緒さんも呼ぶのであれば、斬江の夜の相手をする事は無い……とは思うが、一応は用心しておこう。
「……どうしたのお兄ちゃん?」
「ちょっと用事が出来ました……これからお家に戻った後、俺はまた出掛けてきます」
「……お兄ちゃん今日は忙しいね」
「すみません……ご飯は昨日の残り物で我慢してください」
「大丈夫だよ〜、謝って欲しくて言った訳じゃない……頑張って」
「……ありがとうございます」
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それから渚と共にアパートに着き、内部のありとあらゆる戸締りを確認した後……俺は事務所から持ってきていた、マグナに乗って真緒さん家のアパートに向かった。
一時的に一人になった事で身軽になって……ぐんぐんと真緒さん宅へと近づいていく。
「……」
そうして真緒さん宅に到着した後……マグナを瀬名さんのジョルノの隣に停車して、階段を上がって真緒さんの部屋の前まで向かう。
明かりは着いていない……中から人の気配も感じない。
時刻はまだ夜の二十時……深夜には突入していない、ひょっとしてまだ警察署の方で事件の調査をしているのだろうか。
「……」
だが斬江から、何としてでも連れて来いと言われているような指示をされた身……一応念の為に、恐る恐るインターホンに指を伸ばして鳴らす。
……ピンポーン。
鳴らすと共に、インターホンに取り付けられているライトが光って俺の顔が照らされる。
少し力を入れすぎてしまったか……どういう仕掛けかは分からないが、押しすぎて通常よりも大きな音量で鳴らしてしまった気がする。
「……!」
すると中で微動が聞こえた後……それは足音となって、俺のいる入口の方へと近づいてきた。
ガチャっと鍵が開いた音が鳴った途端に、扉が開かれる……
「……大和か」
……そうして中から出てきたのは、パジャマ姿で髪を下ろしていた真緒さん。
彼女はドアを微かに開けた状態で、腰を曲げながら眠たそうな顔で俺の事を睨みつけていた。
「真緒さん……すみません、お休み中でしたか?」
「いや、大丈夫だ……今日は早めに寝ようと思ったのだが寝付けなくてな、今は全然眠くないのだ」
それから真緒さんは背筋を伸ばして姿勢を伸ばしながら、ドアを完全に開いた。
「私も丁度お前に会いたいと思っていた所だ……とりあえず中に入るがいい」
「はい……お邪魔します」
先程の俯いて何も言葉を発さない真緒さんは、既にそこにはいなかった。
独りで考える時間を設ける事によって……少しは落ち着く事が出来たのだろうか。
「真緒さん……今日は既にお仕事を終えられていたのですね、まだ警察署の方にいらっしゃるのだと思っていました」
「状態が状態だったからな……まだ署では事件の調査をしていると思うが、私だけ早めに返されたのだ」
ソファにドサッと腰掛ける真緒さん……それと同時に頭を抱えて、まだ体調は万全の状態では無さそうだ。
俺も彼女の隣に腰掛けて……そっと真緒さんの背中を撫でる。
「真緒さん……大丈夫ですか?」
「大丈夫だ……大和こそ、ここに来る途中で誰かに襲われたりしなかったか?」
「そんな……俺は大丈夫です」
「今はニュースもやっているが……お前、事件についてはどれくらいまで知っている」
「……帝組の女性の方が被害者の、殺人事件だったんですよね」
「……そうだ」
俺がそっと地雷を踏んだ事で、真緒さんは下を俯き、また元の一番街で会った時のような死んでいる表情を浮かべていた。
「真緒さん……」
「大丈夫だ大和……別に私は、慰めて欲しくて質問をした訳では無い」
「ただ私は……帝の身内が殺された事もそうだが、事件を未然に防いで、警察としてそいつの事を守れなかった事が一番のショックなのだ……」
「……」
「……しかも今回は、ただの殺人では無い」
「……え?」
「遺体は全裸で……口や陰部からは様々な人間の精液が検出されたのだ」
「!……じゃあ」
「ああ……その組員は殺される前に、無理やり輪姦されたのだ……今回のそれは、強姦殺人事件という奴よ」
「そんな……!」
冷静に淡々と話をし続ける真緒さん……その表情は依然として死んでおり、悲しいや悔しいという気持ちは、とっくに現場へと置いてきた事が伺える。
「だが殺人でも、強姦でも、傷害でも……社会の闇が身近にある極道である以上、事件に巻き込まれるのは仕方が無い事なのだ」
「……」
「しかし、だからと言って女を狙うとは……どういう経緯で起きた事件で、まだ犯人も特定出来ていないが……その女から話を聞くだけでも、守る事ぐらいは出来た筈だ」
「……!」
「証拠が無ければ何も動かないような奴にだけはなりたくなかったのだが……最終的に殺させてしまっては、何の意味も無い」
「私は……警察失格だな……」
しかし真緒さんは涙目になりながらこちらを向いて……今抱いている感情を俺に対して訴えてきた。
普段の真緒さんの目は死んでいない……彼女は仕事の為に、感情を捨てるような人では無いのだろう。
悲しいと涙が出る自然的な現象……頬が染まり、目に潤いが現れて、真緒さんの表情が生き返った。
「……」
「大和……」
そんな真緒さんを、俺は抱き締めながら言葉を返す。
真緒さんもすっと抱き返しながら、俺からの言葉を待っている。
「……警察として殺人事件を未然に防ぐと言っても、常に街中にある防犯カメラを確認する事が出来なければ、誰か一人を集中的に守るという事も難しい筈です」
「真緒さんは何も悪くありません……真緒さんの目の届かない所で犯行を行った、犯人達のせいにしましょう」
「それは勿論だ……別に復讐などでは無いが仕事として、絶対に姉さんを殺した犯人を捕まえてやる」
「姉さん……やはり真緒さん、その女性とは仲が良かったのですね」
「まぁな……小さい頃から私を支えてくれた人と言っても、過言では無い」
「……その事件についてなのですが、これから斬江さんが真緒さんと俺も交えて、話をしたいそうなのです」
「姐さんが……?」
「はい……申し訳ないのですが、東宝ビルまでご同行お願い出来ますか?」
「……良いだろう」
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