第九章-α 『黒銀の決戦』

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時刻は夜の二十一時……夜が更に深まり始める時間帯…… 空は漆黒に染まったままだが、そこに浮かんでいる星をかき消してしまう程に、歌舞伎町の街並みはより一層に輝きを増す。 斬江のいる東宝ビルまで真っ直ぐ伸びたセントラルロードでは……各地から一番街での事件についての話が聞こえてくる。 しかし事件そのものは、最初から起きていなかったと感じさせるが如く……今日も人々は酒に酔い、笑い、社会で溜まった日頃のストレスを発散させて、通りにて陽気な雰囲気を漂わせていた。 「……皆さん、楽しそうですね」 「ああ……こうして見ると平和だが、今も街の何処かで事件が起きているかもしれないと思うと、油断は出来ん」 「……はい」 そして俺達は今、その中を進んで東宝ビルの方へと向かっている。 今回の事件によって真緒さんは改めて、街の光が明るければ、それに相反する影は連動して濃くなるという事を知ったのだろう。 先程から真緒さんはセントラルロードの光があまり当たらない、建物間の隙間を見回しながら歩いている。 「ふむ……」 「真緒さん……気になりますか?」 「ん? あぁ大丈夫だ。 寄り道などせず、ちゃんとお前に着いて行くから安心してくれ」 「すみません……急かしているつもりでは無いのです」 「分かっている……それにしても、皆本当に楽しそうだな」 「はい……お酒という物は、一時的に嫌な事とかを忘れさせてくれるそうですから……真緒さんもそうですか?」 「私は日頃、ストレス解消の為に飲んでいる訳では無いが……飲むと気持ちよくなれるのは確かだ。 あとよく眠れる」 「……気持ちよくなりすぎてもダメですからね」 「?……何の事だ?」 それからセントラルロードに近付くに連れて……サラリーマンの者達だけでは無く、カップルも増えてきた。 歌舞伎町とは夜の街……居酒屋やキャバクラ、パチンコだけでは無く、カップルが愛を育む為のラブホテルも存在する。 花道通りから奥側の方は、その宿泊施設が多数存在するエリアである。 それぞれの組で、皆その場所に向かっているのか……いつの間にか俺と真緒さんと共に、前へと進んでいる人達はカップルだらけとなった。 「……」 どの組も酒が入っており、辺りにハートマークが浮き出るくらいに身体を寄せ合って歩いている……真緒さんはそれらの様子を、頬を染めながら見ていた。 「あ……あれだけ寄りながらだと、逆に歩きづらそうですよね」 「……すまないな、大和」 「……何がですか?」 「本当は私と恋愛がしたいだろうに、今の私は先のような状態だ……あのように恋人らしい事も、今日は出来ていないな」 「そんな……俺の事は良いですから、休みたい時には休んでください」 「もう充分休んださ……後は、その……」 「真緒さん……?」 「お前と一緒にいれば……完全に回復する事が出来そうだ」 「真緒さん……」 すると真緒さんはそっぽを向きながら、左指で俺の右手にさわさわと触れてきた。 カップルのイチャつきようを見て羨ましくなったのか……しかしあのように露骨に愛をアピールし合うのは恥ずかしいと言った所か。 手を繋ぎたいけど恥ずかしい……欲望と羞恥心の戦いが繰り広げられていそうな、真緒さんの指と態度がこそばゆい。 ……そちらから来ないなら、俺から仕掛けるまで。 「……失礼します」 「ひゃっ……」 触れてくる指を捕まえて握ったと共に、目を見開きながらこちらに振り向いた真緒さん。 嫌なら俺の手を振りほどく所だが……彼女は俺に手を握られている様子を、やがて落ち着いた眼差しで見ていた。 「……そ、そうか、大和も隅に置けんな。 周りのカップル達に感化されて、私と手を繋ぎたくなったのか?」 「えっ、えぇ……?」 「仕方が無いな……ではビルに着くまでは、デートの気分で行くとするか」 「ええ……出来ましたね、恋人らしい事」 「……ありがとう」 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ……それから東宝ビルを見上げながら入り、エレベーターを使ってホテルがある階へと昇っていく。 斬江の部屋は、そのビルの最上階にある……誰もいない階層で俺を呼ぶ時以外はいつも、彼女は独りで夜を過ごしているのだ。 真緒さんと共に……斬江に会う。 エレベーターの階数表示が上がっていくに連れて……俺の心拍数も上昇していく……真緒さんを握る手にも、つい力が込められてしまう。 「っ……どうした大和?」 「すみません、恋人としての真緒さんと一緒に斬江さんに会うのは初めてなので……正直緊張しています」 「そうか……それは、私もかもしれない」 そうして二人で手を握り合ったまま、エレベーターは最上階へと到達した。 床は確かに踏み締められているが……俺達は今地上と空のほぼ真ん中の場所にいる。 そして直線型の長い廊下を進み……一番奥にある斬江の部屋のインターホンを押しながら、真緒さんとそっと手を離す。 ……それから数秒足らずで、中にいる住人の足音が近付いてきて扉を開ける。 「お待たせ〜、こんな格好でごめんなさいねぇ」 そうして中から、零れ落ちそうな乳房の谷間を大胆に露出させた斬江が出てきた。 もしもここに連れてきたのが男であった場合、気まずい空気が流れていたに違いない……真緒さんが女性で良かった。 しかし男であろうが女であろうが、自分の母親のあられも無い格好を他人に見られて、恥ずかしいという気持ちは変わらない。 「悪いわね〜大和、渚ちゃんと一緒に帰ってる途中で電話しちゃって〜」 「……大丈夫です」 「真緒ちゃんとはさっきぶりねぇ、こんな夜遅くにお呼びしちゃってごめんなさいねぇ」 「いえ、私も大丈夫です……姐さん、今日もお美しいですね」 「んもう、相変わらずお世辞が上手なんだからぁ〜」 「ははは……」 「とりあえず中に入って〜」 そうして俺が部屋の奥へと進んでいる間に、真緒さんと斬江は世間話をしながら俺の後に続く。 斬江にとって、真緒さんは敵組の組長の娘だが……彼女は真緒さんの事を利用する素振りも、嫌っている様子も見受けられない。 寧ろ斬江は、真緒さんが幼い頃からの知り合いであるらしく……女同士仲も良いからなのか、真緒さんにとって斬江は近所のお姉さん的ポジションであるみたいだ。 ……しかしそれは、真緒さんが極道としての道を歩まなかったからこそ実現出来た関係であろう。 もしも真緒さんが帝組組員として、斬江と対面していた時にはどうなっていた事か……想像したくも無い。 「それじゃあ早速本題に入るわね……二人とも、そこで掛けて頂戴」 「はい……失礼します」 そうして斬江の指示により、俺と真緒さんは一人で使うには大きすぎる、L字に配置された大型のソファに腰かけた。 「それで……私は事件の事は刑事さんから聞いたから分かるんだけど、大和は真緒ちゃんに教えて貰った?」 「はい……テレビでは報道されなかった事も、全て教えて頂きました」 「そう……真緒ちゃん、帝さん家の女の子が被害者の事件……本当に残念だったわね」 「はい……ですがもう大丈夫です。いくら悔やんでいても、姉さんが戻って来る事はありませんから」 「今はただ、犯人を逮捕する事だけに集中します」 「その意気よ……それでね、私はその犯人……怒澪紅の奴等だって睨んでるの」 「……怒澪紅ですか?」 怒澪紅(ドレイク)……それは皇と帝とは別に、歌舞伎町で勢力を拡大し続けていると言われているらしい……半グレ集団の事である。 半グレはヤクザでは無い……なので暴対法が効かず、裏で生きるヤクザの更に濃い影に隠れて……不正なシノギを送っている連中だ。 斬江はそれに対して大変お怒りで……彼女の命令で去年の春には、奴等がシノギをしていると言われていた通販サイトの会社に潜入した事もあった。 そこには真緒さんもいて、アジトまで突き止めてカチコミまで追い込んだのだが……奴等はアジア圏の別の所から来た組織であったらしく、怒澪紅では無かった。 その春以来、奴等の活動を感じる事も無ければ、斬江に調査しろと命令される事も無かったが……ここに来て闇から牙を向けてきたという事か。 「勿論それはただの推測だけど、もしそいつらが犯人だったとしたら……私達ヤクザは随分とナメられたものだわ」 「……別に帝さん家の悪口を言っている訳じゃ無いからね?」 「はい……大丈夫です」 「ヤクザは大きな顔が出来ないなら、一層の事潰してしまおう……奴等調子に乗って、このままだとまた新しい犠牲者を出すと思うわ」 「また帝さん家か……それとも私達皇の人間をね」 そう言いながら斬江は、真緒さんと俺の方に交互に顔を向けた。 「それに最近は……殺されるまでは逝ってないけど、組員の子達……独りになった所を、よく誰かに襲われて怪我したって、帰ってくる子達が多くなってきているの」 「えっ……」 「その時はいつも襲われるよりも前に、常に皆で行動するように呼びかけていたんだけど……組員が殺されたって事は初めて聞いたわ」 「いよいよ私も我慢の限界ってワケ……その犯人が怒澪紅だろうが怒澪紅じゃ無かろうが、今すぐにでも捕まえてきて、ここに連れてきて欲しいぐらいだわ」 「そんな……真緒さんの方は知っていましたか?」 「いや、その被害は皇組だけの話で……帝組の組員が毎回誰かに襲われているという話は、親父からは聞いた事が無いぞ」 「だとしたら帝組の犠牲者が出たのは今回が初めてって事ね……帝さん家は女の子も多いから、放っておいたらまた襲われたりするでしょうね」 「……!」 「……でも真緒ちゃんは、そんな事をされる気は全く無いんでしょう?」 「当たり前です……極道と言っても所詮は女、男よりも力が弱い存在です」 「そういう人達を守っていく為に……私は警察になったようなものです。彼女達の事は、私が絶対に守ります」 先程の落ち込んでいた時を感じさせない、闘志溢れる真剣な瞳で斬江を見つめ返す真緒さん…… そんな彼女を見て、怒りを露わにさせて顔を強ばらせていた……斬江の表情が優しくなった。 「でもその前に、今まで怪我を負わされた家の方は皆男よ……大和も油断しないようにね」 「……分かりました」 「というか大和……貴方もこれから、そのヤクザ殺しの犯人を探してきなさい」 「えっ……俺もですか?」 「ええ……貴方は貴方で、これ以上犠牲を出さない為に家の組員達を守るの」 「……まぁ私達の場合は、守られるだけじゃなくて全員で対抗するつもりだけど」 「もう日雇いの仕事は暫くしなくていいわ……私達の方は守りを固めておくから、貴方は真緒ちゃんと行動を共にして犯人を探しなさい」 「そして犯人を探すついでに……そいつが怒澪紅だったら組織ごと潰してきなさい」 「分かりました……真緒さんの方は、大丈夫なのですか?」 「私は構わんぞ……味方は多ければ多い程良いからな」 「ありがとうございます……」 ……そうして今後の目標が決まった。 今まで日雇いしかする事が無いと思っていた俺の、今後の運命を大きく変えそうな皇組を守っていくという目標。 既に俺の人生を豹変させた、強面なイメージしかない極道を守っていくというのは変な感じだが……不思議と嫌な気持ちはしなかった。 ……それは同じ目標を持っている、真緒さんも一緒だからであろう。 そして何よりも斬江の、真緒さんと共に行動しろという言葉……本来皇組に所属する俺にとって、帝の血が流れる真緒さんと一緒にいる事は許されない筈…… それが遂に斬江の言葉で許されたような気持ちだ……つい嬉しくて、隣にいる真緒さんの手に触れると、真緒さんも俺の手に指を絡ませながら微笑み返してきた。 「……」 ……その頃、斬江はワインを飲みながら、窓辺にて新宿の夜景を眺めている。 「……貴方達も一緒にどう? いい眺めよ」 そして斬江からそう提案され、俺達も言われた通り窓辺へと近付いてみる。 地上から見える星とは逆に、空から見える星のように満点に輝く街並みは……初めて歌舞伎町に来た六年前からずっと変わらない。 その景色を、真緒さんも腰に手を当てながら眺めていた。 「本当ですね……流石歌舞伎町の中で、一番高い所から見れる場所です」 「そうでしょう……これだけ高いとね、歌舞伎町の中で誰が何をしているか、全部見れちゃうの」 「この時間帯だと、皆酔っ払っててフラフラ歩いていたり……カップルが人目につかない場所でキスをしていたり……」 「……貴方達が仲良しそうに手を繋ぎながら、セントラルロードを歩いていた所とかもね」 「……!」 その言葉を聞いた瞬間、こちらを睨みつけている斬江の視線に捕えられる。 何を思っているのか、斬江は真顔のままだ……真緒さんもその表情のまま、彼女の事を注目していた。 「貴方達……付き合ってるでしょう?」 「皇の組員と、帝の血が混ざった警察……本来なら敵同士で、相容れない関係の筈なのに」 「……」 その斬江の言葉で漸く、彼女の恐ろしさによって停止していた脳に思考が入ってくる。 斬江は今……とても怒っているのだろう。 組員では無いとしても、帝の血が混ざっている者と恋人関係までに発展させたから? そもそも極道が、敵組の極道ではないが警察と一緒にいる事自体が許されないから? 今までその事に対して追求される事が無かったから……斬江は既に知った上で、俺達の交際を許しているのだろうと思っていた。 ……ならば許す許さない以前に、俺がしっかりと報告をしなかったから? しかしそれらはあくまで、俺が今までに予想していた斬江の気持ちだ……本人が表明してくれなければ、彼女の本当の気持ちは分からない。 もう取り返しのつかない所まで来てしまった感覚になるような……許さないといった雰囲気を醸し出している斬江に目を合わせられない。 「……何が言いたいんですか?」 ……しかし、本来なら俺が守っていかなければならない真緒さんは、全く怯えている様子を見せる事無く、斬江にそのような質問した。 「そんなに怖い顔をしなくてもいいのよ……別に私は、二人の関係を壊そうと思ってる訳じゃないから」 「……」 「……ただね、自分とは違う立場の人……本当なら、恋人関係になんかなっちゃいけない人と付き合うってなった時には……」 「先にその立場を仕切ってる目上の人に……一度相談をして欲しかったって言いたかっただけ」 「……」 「言わなきゃバレないと思った……? 言ったらどうせ断られるって思ったから言わなかったの……?」 「別に私は断らないわよ……? 好きになっちゃったものは仕方が無いもの……?」 「……」 ……しかし斬江の気迫により、ついに真緒さんも沈黙してしまう。 「……先に告白したのはどっち?」 それから何言も発せられないまま……俺は恐る恐る、斬江からの質問に頷き返した。 「そう……大和の方からだったのね……」 それから斬江は……俺からの答えを受け取ると、ゆっくりと俺の方へと近づいてきた。 「……ッ!!」 「!?」 ━━その刹那、頬に重い衝撃が加わってきたのを感じる。 俺の頬に飛んできたのは斬江の拳……俺はそのまま倒れ込みながら、床に後ろへと身体を引き摺らせた。 「……大和ッ!!」 ……そうして殴られた俺の元に、真緒さんが駆け寄ってくる。 「あら名前で呼んじゃうなんて……貴女もすっかりと、大和の恋人になった何よりの証拠ねぇ〜」 「姐さん……何をするんですか! 大和……大丈夫か……?」 「……良いんです、真緒さん……全て斬江さんの言う通りです……」 「大和……?」 「極道という家族にいる者として、仕事として……組長(おや)にしっかりと相談をしなかった俺に、責任があるのは事実です」 「大和……」 俺がフラフラと立ち上がる様子を、補助をしながら心配そうに見ていた真緒さん。 仮に真緒さんが質問に答えて、真緒さんに拳が飛ぶような事だけは起きなくて本当に良かった……。 この皇帝恋愛の代償に傷を負うのは……俺だけで充分だ。 「……」 「……斬江さん、本当にすみませんでした」 「……では改めて、私に相談をしなさい大和」 「答えを予め聞いている以上……怖がる理由は何も無いでしょう?」 「分かりました……真緒さん、宜しいですか?」 「……あっ、ああ」 そうして俺は身なりを整えて、真緒さんの手を取り……今度こそ、斬江に目を合わせる。 繋がれた手を見て、一瞬動揺を見せる斬江だったが……彼女もすかさず、俺を見て言葉を待っている。 これから儀式のような事が行われる空気に……真緒さんも真剣な表情へと変わって、俺と一緒に斬江を見ている。 「斬江さん……俺は皇組の人間ですが、帝さんの血が流れていて、警察である真緒さんの事が好きになってしまいました」 「……」 「俺達が一緒にいる事で……色々な人から反感を買うという事は分かっていますが、それでも真緒さんの事は好きなんです」 「真緒さんと……お付き合いをしても、宜しいですか?」 「う……うぅ……」 ……そうして俺は、真緒さんに対しての想いを斬江に相談した。 その想いは本人にも直接届いており、真緒さんはまたそっぽを向きながら頬を染めている。 「……真緒ちゃんの方はどう?」 「……えっ?」 「真緒ちゃんの方は……こんな大和の事を、好きになってくれるの?」 ……そして今度は、この話題になってからあまり発言をしていない、真緒さんにスポットが当たる。 「はい……大和は私を、今まで女らしく無いと言われてきた私を……初めて女として見てくれた男です」 「真緒さん……」 「そんな大和と一緒にいる内に……大和の事が可愛くて、好きだと思うようになってきて……」 「そんな大和とは……私も例え貴女を敵に回したとしても、これからもお付き合いをさせて頂くつもりです」 「……そう」 ……それから挑発のようにも聞こえる真緒さんの言葉に表情も変えず、斬江は腕を組んだままそっと目を閉じた。 「……二人共、本当にお互いの事が好きなのね」 「……斬江さん?」 「良いでしょう……その交際、私は認めます」 「斬江さん……ありがとうございます」 「……ただし、条件があります」 「……えっ?」 やっと親から正式な許可が貰えた……。 「……着いてきなさい」 そう思わせる隙も与えず……斬江は、飲み終わったシャンパングラスをテーブルに置いて、窓辺から離れた。 彼女から言われた通り、俺と真緒さんは首を傾げ合いながらも、斬江に着いて行く…… そうしてやって来たのは……ダブルベッドが置かれ、先程のリビングと同じように夜景を見渡しながら寝る事が出来る、二部屋分もの広さを有する寝室だ。 「斬江さん……一体何を……」 「……今からここで、貴方達にはセックスをして貰うわ」 「「……は?」」 「それで貴方達がどれくらいに愛し合っているのか……私に見せて頂戴」 「「はぁっ……!?」」 「……」 先程飲んだワインによって頬を染めらせ、斬江は酔っ払った状態で言っているのかと思った。 しかし斬江は、一切の下心を感じさせないような真顔のままだ……どうやら彼女は、冗談で軽はずみに口にした訳では無さそうだ。 「そんな……一体何が目的ですか……!」 真緒さんは自身の身体を守るようにして抱きしめながら、斬江の事を睨みつけている。 「あら……お互いの事が好きなら、エッチぐらい出来るわよねぇ」 「……それとも、大和の事はキスもしたくないぐらいに嫌い?」 「そういう訳では……!」 「……それか真緒ちゃん、まだ一回もエッチをした事が無い処女だとか?」 「いえ……私は既に、大和に処女を捧げている身です」 「あらあら……なら尚更出来るじゃない」 「真緒さん……」 斬江からの質問(セクハラ)に、恥ずかしく苦しそうな表情で答える真緒さん。 正直に言えば、確かに真緒さんとはしたい……だが真緒さんが気分でも無い時に、無理矢理相手をして貰うのは好きでは無い。 今の気持ちは真緒さんと性行為が出来るかもしれないという期待よりも……俺がここに連れてきたせいで、斬江の策略にハマっている真緒さんに対しての申し訳無さの方が大きい。 「私の事はいない者として扱って、気にせずにエッチするといいわ」 「私はただ……貴方達がどれくらいにラブラブでいるのか興味があるだけなの」 「エッチをすれば、その愛も自ずと分かる筈よ……身分や立場を無視出来るくらいに、お互いの事を愛し合っているという証拠を……私に見せてみなさい」 「それで本当にお互いの事が好きだと分かった時には……貴方達の交際を認めます」 「ええ……」 何だか無茶苦茶に言っているが……何故だか斬江の真剣な表情からは、己の欲望を満たそうとしている以前に、俺達の事を試しているのだという挑戦も感じられた。 「……」 「さぁ……どうするの?」 慌てているような気持ちが消えて、それから真緒さんは顔を伏せたまま考え始めた……。 俺は別に構わない……こういう時にその台詞を言うと、ただ真緒さんと性行為をしたいからと捉えられそうで、軽口で発言する事が出来ない。 それに真緒さんとのセックス自体、そんな気軽にやっていい行為で無い筈だ…… それから俺は何も言えず、真緒さんが答えを出すまで待ち続けていると…… 「……分かりました」 「!……真緒さん」 「それで……貴女が私達の事を認めてくださると言うのであれば……」 「こちらこそ……大和との愛を、ここでお披露目させて頂きます」 「真緒さん……!」 「……ほう、言うわねぇ」 そうして真緒さんはその決意を示すと共に、俺の手を握ってきた。 羞恥心で頬は染まっているが、真緒さんは本気なようだ……もしかしてこの中で、心の準備を果たせていないのは俺だけなのか? 「ま……真緒さん、本当に大丈夫ですか?」 「ああ、大和……こればかりは仕方が無い、お前ももう諦めてくれ……」 「真緒さん……」 「私はもう……覚悟は出来た」 「お前の方は、性行為を見られるのは恥ずかしいかもしれないが……私と、したくないと思っている訳では無いのだろう……?」 「それはそうですが……分かりました。真緒さんがその気であるならば、俺も全力でお相手をさせて頂きます」 「うむ……それでいい大和、宜しく頼む……」 そして吹っ切れたような様子で、俺に話しかけてくる真緒さんと向かい合って、彼女のもう片方の手を取ると……真緒さんは、薄目で艶めかしく口元を緩ませながら頷き返した。 その表情に、俺も思わず生唾を飲んでしまう…… こうして突如始まる事になってしまった……真緒さんとの愛を証明する為の、斬江への公開性行為(アピール)をする夜の時間。 「……さてと、決まったわね」 ……一方で斬江は組んでいた腕を外すと、腰掛けていたダブルベッドから立ち上がった。 「私も今すぐにやれって急かす程鬼じゃないわ……こういう事は雰囲気作りから始めるのが大切だもの、二人には少しだけ心の準備をさせてあげる」 「真緒ちゃん……支度をするから、ちょっとこっちにおいで」 「?……分かりました」 「大和……これから真緒ちゃんと少し準備をするから、貴方はここで裸になって待っているのよ」 「……了解です」
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