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「エレベーターは……こちらですね」
「……」
……それから俺と真緒さんは捜査一課の部屋を出て、出口へと向かいながら今後の方針について話し合っていた。
笠鬼さんは警察とはチームワークで行動するものだと言っていたが……俺達二人だけで行動をするような指示を出してきた。
「笠鬼さん……怒澪紅が犯人だという事を、あまり信じておられないご様子でしたね」
「……仕方が無いさ。今の所は何の根拠も無いのだからな……周りからも、ただの決め付けだと思われているかもしれん」
「だがそれでも、奴等の事を追わなければならない……正直、私はあまり頭が良くなくてな。自分で推理するよりも、他人の意見を糧に行動する事しか出来んのだ」
「考えるよりも、まずは走る……そうして私は、今までに歌舞伎町の様々な事件に携わってきた」
「そんな……頭の良い探偵みたいな刑事さんなんて、ドラマにしか存在しないと思います……それに真緒さんは頭がいいです。俺なんか高校も中学も行っていないんですから」
「しかし、そんな俺でも真緒さんをお守りする事は出来ます……真緒さんが危ない場所に行っても安心して犯人を逮捕出来るように、何処へでも貴女に着いていきますよ」
「……ああ、ありがとう大和」
「……では早速、歌舞伎町の方に向かいますか?」
「ああ……その前に、もう一人連れて行きたい奴がいる」
「?」
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……それから次に俺達がやって来たのは、署の地下にある暗い部屋。
「……起きろ仙崎」
「!?……わぁすみません!! サボってる訳じゃないんです!!」
「私だ……やはりここにいたか」
「えっ……なんだ真緒か、ふぅ……」
様々な薬品が混ざったような刺激の強い臭いが充満している室内で……真緒さんは本に埋もれながらソファで寝ていた女性を飛び起こした。
仙崎さん……真緒さんとの高校時代からの友人で、鑑識課に務めていながらも普段はこの理科室のような部屋で過ごしているのだ。
「やぁ仁藤くん、最近はよく会うね」
「はい……こんにちは、仙崎さん」
「それで何か用かな真緒……また変な薬でも持ってきたのかい?」
「違う、これから大和と調査に行くのだ。現場も見に行くのだからお前も一緒に来い」
「ええっ、私もかい? 仕事が終わるか事件が起きた時にしか、外に出たくないんだけどねぇ」
「いいから来い、どうせ暇なのだろう?」
「あ〜ん……」
「……」
それから仙崎さんを抱きかかえる真緒さんに続いて、俺達は署の外に出てきた。
「あ〜っ……眩しいよ〜、疲れるよ〜、歩きたくないよ〜……ねぇ真緒、せめてパトカーで行かないかい?」
「甘えるな。 どうせ歌舞伎町に着けば、そこからは歩いて行動するしかなくなる」
「パトカーで窓越しから見る景色よりも、己が足と目で調査を進めていくのだ……早く着いてこい」
「歌舞伎町に着くまでの間に足を使ってても、疲れるだけだと思うのだが……本当そういう熱血な所、高校の時から変わってないな〜」
どんどんとペースを進めて歩く真緒さんに、ノロノロと着いていく仙崎さんのペースに合わせて歩く。
二人の高校時代も、真緒さんが仙崎さんを振り回していたような感じであったのか……今の光景から、二人が制服を着て縦に並んで歩いているイメージが何となく浮かんでくる。
「……大丈夫ですか? 仙崎さん」
「ん? ああ、私は平気だよ。日頃から太陽に浴び慣れてないから、ちょっと眩しく感じているだけさ」
「は、はぁ……」
「……それよりも真緒は、すっかり元気になった感じだね」
「えっ……?」
「事件後の時と、まるでテンションが違う……二人で考えていこうとは言ったが、既に仁藤くんが解決してくれた感じかな」
「いつの間にか真緒も、仁藤くんの事を名前で呼んでいたし……もしかして今の二人って、そういう関係なのかい?」
「はい……まぁ、そうです」
「ひゅ〜ひゅ〜っ、君も隅におけないねぇ〜、あの男性経験の少ない真緒と交際関係にまで至ってしまうとは」
「……それならば、真緒の事は君に任せられそうだね」
「……え?」
「真緒は熱血すぎるあまり、何も考えずに独りで突っ走っちゃう所があるから……」
「……走りすぎて奈落の底に落ちる前に、君が真緒の手を引いてやるんだ、仁藤くん」
「……はい、勿論です」
「どうした二人共、置いていくぞ」
「うへぇ、もうあんな所にいるよ。今行くよ〜」
「……」
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「さて……着いたぞ」
「ふぅ〜、やって来てしまったね歌舞伎町……まずは冷たいビールで休憩と行きたい所だが、それは最後のお楽しみに取っておくとするか」
……やがて歌舞伎町一番街までやって来た俺達。
腕を組んでいる真緒さんと、前屈みになりながら息を上げている仙崎さん……二人はゲート前にて、バラバラに並んでいる店々の看板を眺めていた。
「仙崎さん……歌舞伎町にはよくいらっしゃるんですか?」
「うん、よく仕事終わりにお酒を飲みに来るよ。真緒とも偶に行ったりするし……私はビールやウイスキーが好きなんだ」
「仙崎さん……酒豪ですね」
「ふん、飲みすぎても身体に悪いだけだぞ」
「それはそうだとも、真緒はお酒に弱いもんね〜」
「うるさい……酒の話よりも、今は仕事だ」
そして仙崎さんから首を振った真緒さんに続いて、俺達もゲートを潜って歌舞伎町の中に入っていく。
「それで……まずはどこに行くんだい?」
「とりあえず現場だ……今は片付けられてしまったが、事件が起きた時の事を思い出したい」
「分かったよ」
暫く歩いた後……陽の光が届かない、建物と建物の隙間にある現場へと足を踏み入れる。
様々なビルに囲まれた裏口のようなその空間には……当然ながら死体は片付けられており、血も一滴も残さずに掃除されていた。
「ここで……事件が起きたのですね」
「そうだよ。 本当に惨いものだった……君も我々の捜査に加わった様だけど、真緒からどれくらい話を聞かされているんだい?」
「はい……全て教えて頂きました。ご遺体は全裸で、これはただの殺人事件では無く、強姦も含まれているものだったと……」
「……」
仙崎さんにその事を話しながら、ふと真緒さんの方を見ると……彼女は拳を握りしめて、恐らく遺体があった場所を見つめていた。
「……真緒さん?」
「……いや、何でもない……では事件が起きた時の現場の情報を、改めて共有しておこう」
「うん、まず遺体があった時に凶器は残されていなかった……現場にあったのは帝組の女性、ただ一人だけだったんだ」
「という事は……犯人に繋がる手掛かりは何も残されていなかったという事ですか?」
「……いや、残されていたさ」
「え……何がですか?」
「……犯人が強姦時に女性の陰部に射精したと思われる、複数男性の精液だ」
「……ああ」
「っ……」
仕事である以上、仙崎さんは一切の笑みを浮かべる事無く、真面目にその時の状況を話している。
だが下の話である事に変わりは無く……真緒さんは頬を染めながら、どこか悔しそうな表情も浮かべながらそっぽを向いた。
「……しかしその性液は、今は署の方に保管してある。今頃君達以外の一課は、それを手掛かりに調査を進めているだろうね」
「だがそれが無い以上、今は記憶だけでしか調査を進めていく事が出来ない……それは精液以外の犯人の手掛かりでも同じ事だけどね」
「……精液以外に、何か犯人に繋がる手掛かりはありましたか?」
「いや、何も無い……足跡も髪の毛も、犯人達は精液だけを残して、その場を去って行った感じだね」
「……」
「……だが目に見える物だけが、犯人に繋がる手掛かりだとは限らない」
「えっ……?」
「どういう事だ」
「真緒……遺体があった時の、現場での臭いを覚えているかな?」
「臭い……だと」
「ああ……物凄く甘ったるくて、メンソールも入っているような……あんなに臭いが強い物は紙では無く、電子タバコのような臭いだったね」
「……ああ、そう言えばそうだったな」
「真緒さん……そんな大事な事、どうしてもっと早く教えてくれなかったんですか」
「すまない……その時はボーッとしていてな、次からは真面目にやる」
「まぁ私が覚えていたからいいじゃないか……とにかくその時のタバコの臭いから、犯人を辿っていけばいいんじゃないかな」
「仙崎さん……ありがとうございます」
「……タバコか」
すると真緒さんはスーツの内ポケットから、彼女がいつも吸っているピアニッシモアリアを取り出した。
「私はタバコを吸わないから分からないのだけれど……真緒はあの臭いのタバコが、何の銘柄の物なのか分からないのかい?」
「生憎、私が吸っているのはこのタバコだけだ……あんな甘い臭い、クラブかバーぐらいでしか嗅いだ事が無かった」
「んー……だとしたらタバコ屋さんに行って、片っ端から現場にあった臭いの物を探していくしか無いかな」
「……ではその電子タバコと水タバコとやらが売っている店に、行ってみるとするか」
「……そうですね」
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……それから次に俺達がやって来たのは、歌舞伎町内にあるコンビニエンスストア。
「ふむ……」
俺達はレジ前にて店員側のカウンターの中にある、タバコが並べられている棚を眺めていた。
そんな俺達を見て、店員はタバコを買う気があるのか無いのか見定めながらソワソワとしていた。
「大和……お前はよくコンビニでアルバイトをしているのだろう? 電子タバコにはどれくらいの種類があるのだ?」
「えっと、企業別だと四つの種類があります……俺は吸った事が無いので実際の味や臭いは分かりませんが、甘そうな名前の物ならそれぞれありますよ」
「現場に残っていた甘ったるい臭いはグレープのようなものだった……とりあえずあそことあそこにある、ベリーという名がついた味を買ってみるのはどうかな」
「うむ……すみません、二百番と二百四番のタバコをお願いします」
「はい……何か年齢確認出来る物はお持ちですか?」
「ああ、はい……お願いします」
そうして会計時に真緒さんは年齢確認をされながらも、仙崎さんの言う葡萄の匂いがするという二種類の電子タバコを購入する事が出来た。
「……いい加減に私は成年済みだと覚えておいて欲しいものだな、あの店には何度もタバコを買いに来ているのだが」
「ドンマイ、若く見られていると思えばいいじゃないか」
「しかし……タバコだけ買っても、電子タバコ本体を買わなければ喫煙は出来ないのでは無いのですか?」
「いや、一応火をつければ喫煙自体は出来るさ。あれはニコチンや煙を軽減する為の物だからね」
「なるほど……」
「でも電子タバコはコンビニに売っている物だけが全てじゃない……次はドンキに行ってみようか」
「はい」
そうして次はセントラルロードにあるドン・キホーテへと向かった。
電子タバコのコーナーには、コンビニで売っている物よりも効き目が強そうな海外の物も売られていた。
そしてその中にも葡萄の匂いがしそうな物が含まれており、それを購入……そしてまた、真緒さんは年齢確認をされた。
「ぐぬぬ……」
「最後は電子タバコの専門店に行ってみよう。そこで今発売されている電子タバコの、大抵の葡萄味が揃うんじゃないかな」
「分かりました」
そうして最後に俺達がやってきたのは、酒の代わりに様々な電子タバコが置かれているバーのような場所。
そこではコンビニよりもドンキよりも、沢山の電子タバコの味が売られていた……そして二つの店に売られていなかった分の、葡萄味の物を購入した。
「……」
「……真緒、今度は私が買ってくるかい?」
「……いや、私に買わせてくれ」
……そしてまたまた、真緒さんは年齢確認をされた。
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「……さてと、では早速現場で漂っていた臭いの正体を突き止めていこうか」
「はい……」
それから歌舞伎町を周って、最終的に俺達がやって来たのは西武新宿駅前にある喫煙所。
そこでこれからタバコを開封していき、現場に残されていたという臭いを嗅ぎ当てていこうという訳だ。
「くっ……」
「まぁそう落ち込む事は無いさ真緒。今はまだ年確をされているからいいけれども、年確をされなくなった時はそれで悲しくなるものだよ?」
「いや、年確は別にいいのだが……金を使いすぎでは無いか? 今日だけで一万ぐらいは飛ばしたぞ?」
「タバコ自体高いから仕方が無いさ。 捜査の為に買ったって後で署に伝えれば、経費って事で返してくれるさ」
「勿論そのつもりだ」
「私も普段は吸わない癖に、タバコにお金を使ってしまったからね……二人には絶対に犯人を捕まえてくれなきゃ困る、そしたら記念すべき一本目から火をつけていこう!」
「お願いします」
普通の紙巻タバコの半分の長さしかない電子タバコ。
普通とは違う使い方だが、タバコに該当するそれぞれの本体までを買ってしまうと更にお金がかかってしまうという事で……仙崎さんは紙巻と同じように、先端に火をつけて発煙させていく。
「っ!? けほっけほっ……!!」
「そんなに深く吸わなくても良いだろうが……肺を壊すぞ仙崎」
「大丈夫ですか仙崎さん?」
「ああ大丈夫だ、ついストローで啜るように吸ってしまったよ……それにしても甘ったるい臭いだね」
「……確かに葡萄の香りもします」
「……だが現場で漂っていた物とは違う、あの時の臭いは今よりももっと甘かったのだ」
それから真緒さんも別の電子タバコを取り出して、点火させて喫煙を試みる。
「ふぅ……普通にリラックスしてしまうな」
「流石真緒、吸い慣れているね」
「だが不味い……どうやら私には最近のタバコよりも、ピアニッシモアリアの方が向いているらしい」
「……それで、臭いの方はどうですか?」
「これも違うな……甘さよりも葡萄の臭いが強すぎる」
そうして真緒さんと仙崎さんで、それぞれで別種類のタバコを開封していきながら、次々と喫煙して現場の臭いを探っていく。
お金にも環境にも、自身の身体にも悪そうな今回の調査。
俺も彼女達に協力したいが、未成年であるが故にタバコに火をつける事さえ許されない……当時の臭いも分からずに、様々なタバコの香りを嗅ぎながら、彼女達を見守っていく事しか出来ないのであった……。
「……むっ、おい仙崎、これでは無いのか?」
「ん? どれどれ……」
「葡萄の臭いよりも甘い臭いの方が強いし……まるでチューインガムのような臭いだ」
「……うん! これで間違いないだろうね」
「見つかりましたか?」
「ああ……この鼻につく臭い、昨日の事故現場の記憶が蘇ってくる」
「何とか見つけられてよかったね〜……このタバコを吸っている人は何人かいるだろうけど、この街にいる人達から今の臭いがする人が犯人の候補だと思って良さそうだ……仁藤くんも、この臭いをよく覚えておくんだよ」
「はい、ありがとうございます……」
「そうしたら……どうやってこれから犯人を探していくかだけど……」
……そして現場の臭いが分かって、そこから次の作戦を立てようとしていたその時。
「……おっ、まおまおとやまちゃんなのぜ〜!」
ふと新宿駅の方から歩いて来ていたのであろう、瀬名さんが俺達の前に現れた。
「……瀬名さん。お疲れ様です、お仕事中ですか?」
「ううん! 今は休憩中でお昼ご飯を食べに戻って来た所だったのぜ!……二人はここで何をしてたのぜ?」
「タバコ臭くてすまない……先の殺人事件の調査中なのだ。休憩をしていた訳では無い」
「えっ、じゃあこのお姉さんも……」
「は〜い、こう見えて私も警察なんだ。宜しくね〜」
「お、おお……」
「……」
突如俺達の前に現れた瀬名さん……一見事件には何の関わりも無さそうな彼女であったが、日頃から仕事で歌舞伎町中を歩き回っていそうな瀬名さんであれば……
「……瀬名さん、この臭いに何か心当たりがありませんか?」
「ん? ニオイなのぜ?」
「はい……このタバコの葡萄のような臭いなのですが……」
「……ああ! そのニオイなら知ってるのぜ!」
「何!? それは本当か!?」
「これを嗅いだ事があるって場所に、案内してくれないかな!?」
「うん! 良いのぜよ〜」
そうして瀬名さんは休憩中でも嫌がる事無く、俺達の調査に協力をしてくれた。
「んーとね〜……」
……それからまるで犬のように臭いを思い出しながら、俺達を案内する瀬名さん。
「ここなのぜ!」
そうして俺達が瀬名さんに連れてこられた場所は……
「……ここは、ロイヤルメイデンだな」
「真緒がいつも通ってたっていうキャバクラだね」
「うん、それでそのニオイがどうかしたのぜ?」
「はい……事件が起きた時、現場には犯人が残したと思われる、その葡萄の臭いが残されていたようなのです」
「えっ!? じゃあなーなが危ないのぜな……?」
「可能性はあるな……後で凪奈子にも話を聞いてみるとするか」
「瀬名さん、ありがとうございました」
「後で何か奢ってやろう」
「ほんと!? やったのぜ〜!」
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そして夜……歌舞伎町の街並みに光が灯った現在。
「……あれ? 仙崎さんは?」
「あいつは昼間に買ったハズレの電子タバコを、他の同僚達に配りに行ったぞ」
「ああ……なるほど」
「なのでロイヤルメイデンには私とお前で行こう……ひとみも一緒にな」
「こんばんはなのぜ〜」
「瀬名さん……いつの間に」
「えへへ……お邪魔じゃなければ着いて行っても大丈夫なのぜ?」
「ああ構わんさ、どうせ飯目的なのであろう?
約束は守るぞ」
そうして瀬名さんも率いて、ロイヤルメイデンへと向かう。
真緒さんも俺も、従業員達には顔が通っている常連客……普段は通行人の邪魔をして店へと誘い込む客引き達も、道を開けて俺達に向かってお辞儀をしてくれる。
階段を登り、ロイヤルメイデンの高級感溢れる厚く重い扉を開けると……
「いらっしゃいませ、帝様、仁藤様……ナナコちゃんをご指名で宜しかったですか?」
こちらもお辞儀をしながら、開口一番に俺達の名前を呼んだ受付のボーイ。
しかも誰を指名するかの質問では無く、俺達が飯田さんを指名する前提の質問をしてきた。
それもその筈、俺達は今までに飯田さん及びナナコさんだけしか指名をした事が無く、その事を名前と共に従業員達にも覚えられてしまっていたからだ。
「はい、お願いします」
「それではいつものお席にてお待ちください、ナナコちゃんにも間もなく向かわせますので」
ボーイから入店の許可を頂いて、外のように煌めいているが派手ではない、落ち着きのある輝きが漂う店内を進んでいく。
あとは実家の安心感を覚える程の見慣れた席につき、例のキャバ嬢が来るのを待つだけだ。
「……お待たせしましたぁん♪ ナナコでぇす♪ よろしくお願いしまぁす♪」
……そうしてアイドルのようなキャピキャピとした挨拶をしながら、部屋の奥から青いドレスを纏ったキャバクラが現れた。
「……お前それ毎回やるのか?」
「……ほっといて頂戴、仕事前の気合い入れみたいなもんなんだから」
真緒さんの言葉に、声のトーンを下げながら落ち着いたキャラクターへと変わって俺達の隣に着席した彼女。
これが飯田さんのお仕事……彼女はキャバ嬢での接客時と普段の生活の時で、キャラを使い分けているのだ。
「なーな、こんばんはなのぜ〜!」
「こんばんはです」
「はい、ひとみも仁藤くんもこんばんは……あんた達懲りずにまた来たのね」
「ひとみに飯を奢ると約束したついでに、お前にも会いに来てやったのだ……そらひとみ、何でも一つ好きな物を頼んでいいぞ」
「んー……どれにしようかな……」
「ふーん……それで事件の方は? あれから何か調査したりしてんの刑事さん」
「うむ……それで実は聞きたい事もあって、今日はここに来たのだ」
「いいわよ。何でも聞いて」
ナナコモードから飯田さんモードに戻った時、疲れていた表情を浮かべていたが……今の飯田さんはわくわくしているような期待に溢れる表情であった。
まるで刑事ドラマに出てくる登場人物になった気でいるのか……彼女は腕を組みながら、真緒さんからの質問を待っている。
「実はこのタバコの臭い……事件現場に残っていた物なのですが、飯田さん嗅がれた事は無いですか?」
「ん? これ?……てか何で仁藤くんが聞いてくるの?」
「こいつも訳あって、私の捜査に協力をして貰っているのだ……気にするな」
「そう……まぁいいけど。火をつけてくれなきゃ、臭いが分からないわ」
「そうだな……では失礼して……」
そうして真緒さんは箱から二本目の電子タバコを出し、先端を点火させた。
「……あ、この臭い知ってるわよ」
「!……本当ですか?」
「ええ、最近そのお客さんよく来るの。キャバ嬢の先輩達も凄い甘い匂いがするって言ってたけど、タバコの臭いだったのね」
「そのお客さん、今このお店の中にいるのぜな〜」
「何だと?」
「あっちの方からも同じニオイがするのぜ!」
「確かにそのお客さんあっちにいるけど……なんで分かんのよ、犬かあんたは」
「えへへ〜、あたい耳と鼻だけはいいから……」
「……真緒さん」
「……ああ」
それから飯田さんと瀬名さんの頭を撫でながら席を立った真緒さんと共に、二人が視線を向けた方への接近を試みる。
「どこ行くのぜ?」
「少し話を聞いてくるだけだ、ここでは大きな騒ぎにはしないから安心しろ」
「気をつけんのよ〜」
飯田さんと瀬名さんに見送られながら、二人の席から離れる内に……葡萄の臭いが発生し始めた。
「やぁ〜華子ちゃん、今日も可愛いですねぇ」
「そんな事無いですよ〜、お化粧のノリが良いだけですっ」
「そうしましたらこの後は、ここにいる女の子達皆お持ち帰りしちゃいましょうかね〜」
「「いや〜んっ」」
……そしてその臭いを辿って行った先の席で、その男はいた。
葡萄の臭いの根源であるかのように現している、紫色のスーツを着ているが……とても半グレだと思えない程に普通の顔立ちで眼鏡をかけており、どこにでもいるサラリーマンといった感じだ。
そんな彼はこのロイヤルメイデンのお得意様であるのか、五人程のキャバ嬢を携えて酒を飲んでいる。
「……失礼します」
「……ん?」
何だか話しかけずらい雰囲気……しかし真緒さんはそれに臆する事無く、その席に突っ込んで男に話しかけた。
「……ん? 貴女もキャバ嬢の方ですか?」
「違うわよ〜この子は刑事さんなの、ねぇ真緒ちゃん?」
「はい……そちらの方が仰る通り、私はこういう物です」
男の側にいた別のキャバ嬢が真緒さんの名を呼び、すかさず真緒さんは警察手帳を見せて自身の正体を明かした。
俺よりも前からロイヤルメイデンに通ってきた常連客であるが故に、真緒さんは飯田さん以外のキャバ嬢達からも名が通っているのだ。
「ほう……それで? 刑事さんが僕に何の用ですか?」
警察として話しかけられると……何か事件があったのか、自分が疑われているのではないかと不安になる所。
しかし男は全く焦っておらず、真緒さんをバカにするかのように、キャバ嬢達にフッと笑いかけながら彼女に質問をした。
「……先の帝組組員殺人事件の事で、お聞きしたい事があるのですが」
「ほう……ふっ、もしかして僕が犯人だと疑っているのですか?」
「そういう訳ではありません……ただ事件があった昨日、何をしていたか等のご質問をさせて頂きたいだけです」
「……分かりました。ですがプライベートな話になってしまうので、外に出て静かな所でお話をしても構いませんか?」
「……分かりました」
「……」
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