失ったもの

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失ったもの

 木漏れ日が差し込む窓辺。  そこには白いベッドが一つ、ポツンと置かれていた。小さな机、それから開け放たれたカーテン。空いた窓。外からは涼しい夏の風が部屋の中に入り込む。  ベッドの上には少女が一人。  折り紙を折っている。赤い綺麗な折り紙で折るのは鶴だった。  少女の顔に曇りはない。柔らかで小さな手はせっせと鶴を降り続けている。 「何をしてるの?」 「鶴さんを折ってるの」 「如何して?」 「鶴さんを千匹折ったら願いが叶うって」 「そっか……」  私は部屋の隅、窓際に立ち背中を窓枠と壁に預けていた。この子は病気だ。まだ幼く年齢は9歳と言ったくらいだろうか。 「ねえお姉ちゃん誰?」 「私?私は(むしろ)。君は?」 「真実(まみ)!」 「そっか。真美ちゃんか」  私がここにいるのはこの子を見守るためだ。  彼女は自分のことをまだよくわかっていないのだろうか、希望に満ち溢れた顔をしている。 「ねえ真実ちゃん。君は如何してここにいるのか知ってる?」 「ううん、わかんない。でもお医者さんは“重たい病気”って言ってた」 「そうだよね。教えてくれないよね」  私にはわかっていた。彼女は助からない。少なくともこの時代の医療ではそれは(まか)り通らない。残念だが彼女はもうじき死んでしまう。それが否応にもわかってしまうから私は嫌だった。 「真実ちゃんは私のこと怖い?」 「ううん。お姉ちゃん優しい人だもん。さっきだって私が転んだ時助けてくれたから」 「それは倫理的な問題だよ」 「倫理的?」 「人としてあるべき姿みたいなものかな?」 「よくわかんない」 「だよね。私もわかんない」  苦虫を噛み潰したような(みにく)い笑みを浮かべる。貼り付けたような笑みは私の心をぐちゃぐちゃに噛み砕く。今から死ぬ人間を見届けるなんて、私にはとてもじゃないが耐え難かった。 「真実ちゃん。少しだけ待ってて」 「えっ?うん」 「ありがと。すぐ戻るからね」  そう言うと私は部屋を出た。  そして僅かな時間が経った。本当に僅かだ。その時間は一秒にも満たないーー 「お待たせ」 「お姉ちゃん早いね。何処行ってたの?」 「ちょっとね。それよりもう一つだけお願いしてもいいかな?」 「なーに?」 「ほんの一瞬だけでいいから目を瞑ってて欲しいんだ。できれば口も大きく開けてて欲しい」 「如何して?」 「大丈夫。変なことはしないから」 「えっ!?う、うん。あーん」  彼女は口をこれでもかと大きく開いた。  そんな彼女の口の中に私はカプセルを入れる。水でゆっくりと流し込ませ、合図の後彼女はゴクンと喉を鳴らした。 「あれ?」 「如何かな?何か違和感とかある?」 「ううん。なんにもないよ」 「作家。じゃあ良かった。私は行くね」  そう言うと私は病室を後にする。  しかしそんな私の姿を彼女は注力し、見つめる。 「待ってよお姉ちゃん」 「ん?」 「もう行っちゃうの?」 「ごめんね。私も落とし物探さないといけないから」 「落とし物?」 「うん。すっごく大事なね」  私はそう言い残すとその場を後にした。  そこには何もない。ただ修正された時間の波が渦巻いて、清らかに流れていたに過ぎないのだ。 「おや完治していますね」 「「本当ですか!」」 「はい。これで退院できます」 「あ、ありがとうございます!」  その日パパとママは頭を下げてお礼を言っていた。お医者さんはずっと不思議そうな顔をしていだけど、一週間後には私は退院することが決まった。  私は何かの病気だったみたいだけど、それが治ったらしい。これでまた皆んなと一緒に遊べる。そう思うとわくわくした。 「よかったわね真実!」 「うん!」  パパとママはすっごく喜んでくれた。私が入院してからずっと笑顔なんて見せてかれなかった。こんな喜んでもらえるのってどのくらいぶりだろう。子供の私にはよくわかんなかった。 「それにしても何故……」  お医者さんはずーっと頭を抱えていた。  ここにもなかった。  私の落とし物は何処にもない。だけどこうやって誰かの命をまた一つ救うことができたのは本当に喜ばしいことだ。彼女達には精一杯生きて欲しい。  こうしていろんな人達の喜びや悲しみに触れて、私も少しは取り戻せただろうか?失った針を落とした文字列をその全てを。それはわからない。だから私は今日もーー 「次に行こうか」  ただひたすらに旅路をする。  ただひたすらにーー
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