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「何がって……」 朋美の大声に引き寄せられたように当時の記憶が自然とゆっくりと這い上がってくる。 狛犬の裏から飛び出す自分。 乱れる大人の列。 異様に驚く父親の顔。 何かが割れる音。 ――引きつる朋美の父親の顔。 「あ……お前の親父さん……」 「私のお父さん……が?」 朋美は太一から目を離さない。 「うちの親父が驚いて……お前の親父さんにぶつかって……奉納品の鏡が割れた……」 「そう!そう!よく思い出せたね!割っちゃいけない鏡だったのにね!」 朋美はケラケラと笑いながら愉快そうに両手をパチパチと叩き合わせ、小馬鹿にしているようにも祝福しているようにも見えた。 「あの後、大変だったんだよ?太一くんは驚いて走り去っちゃったけど……私はそのままあの場所にいたからね」 「え……」 (そういえば朋美と一緒に逃げ帰った記憶は無い……) 太一は今更ながらそれに気づくと、途端に申し訳ないような情けないような気持ちに襲われた。おずおずと朋美の顔を覗くも、朋美は笑顔のまま表情を変えていない。 闇夜に浮かぶそのにこやかさが逆に太一は恐ろしかった。 「ねぇ、知ってる?ここの神社が降臨祭で何を降ろしてるのか」 「え……何って……そんなの神様に決まってるだろ」 ぶっきらぼうに太一が答えると、朋美は悪戯っ子のように白い歯を見せながら、手を顔の前でクロスして跳ねるように答えた。 「ブッブー!大不正解!ここが降ろしてるのは神様とは真逆の悪魔を降ろしてるんだって!……まぁ私もあの時まで知らなかったけど」 「……はぁ?何言ってんだよ!なんで悪魔なんか……中二病かよっ!」 太一は子供じみたような事を言う朋美に、思わず語気を荒らげた。しかし、朋美は気にすることなく続ける。 「そんなの知らないよ。単に神様より悪魔の方がお願い聞いてくれるからじゃないの~?現にこの村、毎年豊作で自然災害も無く潤ってるじゃん。バイト先もないクソ田舎なのに」 「…………」 確かに――とは、たとえ思ったとしても太一は言えなかった。認めたくなかったからだ。 頑なな太一に朋美はフッと鼻で笑ってみせ、また記憶の扉を開けるように新しい言葉を続けた。 「本来はね、あの鏡に贄となる人の姿を映して悪魔に献上してたらしいの。その鏡を割っちゃったから、あんなにお父さんたち慌ててね……どうするんだーって」 二人の間を生温い風が通り抜け、朋美は頬に張り付いた自身の長い黒髪を鬱陶しそうに指で耳にかける。 「それで……親父たち、どうしたんだ?」 「え?」 「その責任取って俺たち家族はここを出てったのか?」 徐々に掘り起こされる記憶。 そう言われれば、急に県外の中学受験を受けるように親から強く言われて夜逃げするかのように出ていったのも、あの降臨祭以降のことだったように太一は思えた。 「は……ァハハハハ!」 太一の言葉に朋美は笑った。 大声を上げて。 「覚えてないの?太一くん」 「え……」 瞬きすると、朋美の顔にもう笑みは無かった。
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