悲しみと幸せ

3/5
前へ
/72ページ
次へ
シルバーの外車が【mûrir (ミュリール)】の前に停った。 降りてきたのは、美代子だった。 「やっぱり混んでるわ」 店に入ると、そこは女性だらけでごった返していた。 「いらっしゃいませ、あ、いつもありがとうございます」 奥から拓馬が出てきた。 すると、店内の女性達が一斉にスマホを取り出し、撮影を始めた。 「キャーー!西山さんだわ!」 拓馬は、華奢でそれほどカッコよくはないが、パティシエの制服を着ていると、カッコよく見える。 雑誌に取り上げられたこともあって、一躍有名人になっていたのだ。 美代子は、そんな女性達を尻目に、買い物を続ける。 甘いものに目がないのだ。 色気より食い気。 「すみません、これと、これと、あと、あれと...」 色とりどりのカラフルなスイーツを頼んだ。 「また、来週も来ますね」 「いつも沢山ありがとうございます」 「私、ここのスイーツ大好きなの、夫は甘いものダメだから、1人で食べちゃうんだけどね、毎日食べてても飽きないの」 「そうですか、それは嬉しいです」 店を出る美代子をじっと見つめる拓馬。 それは、【見つめるという目】ではなかった。 美代子と肩がすれ違い、入ってきた客が、拓馬の目線に気付いた。 (え?睨んでる?) その客に気付いて、咄嗟に拓馬は笑顔に戻った。 「いらっしゃいませ」 「おぉ!女の子ばっかりだな!こりゃいい!」 「先輩、その言い方やめてください、オヤジみたいですから」 入ってきた客は、桜子と大田原だった。 「神山、俺が買ってやるから、好きなの選べよ」 「あら!珍しい、じゃ、遠慮なく選ばせてもらいますね」 「こちら5点で、5470円になります」 大田原は絶句した。 「先輩、ありがとうございます」 「お前、買いすぎだろ?」 拓馬が軽く会釈してきた。 「沢山ありがとうございます、男性の来店は中々ないので、とても嬉しいです」 「あ、そうですかぁ、いやいや、コイツがどうしてもここに来たいと言うもので」 「先輩、コイツって言わないでください、ムカつきます」 桜子も軽く会釈した。 「初めまして、わたくし、ハッピー旅行会社の神山と申します、この度は、明和銀行様のツアー申し込みありがとうございます、私共が添乗させていただきます」 「そうですか!恋人同士かと思いました」 「やめてください、蕁麻疹出ますから」 「明和銀行さんには、本当にお世話になってまして、今回のツアーは初めて参加させてもらうんです、恋人と一緒に」 爽やかに微笑んでいた。 (さっきの憎悪を帯びたような顔とは全然違う) 桜子は拓馬の事が気になり始めていた。
/72ページ

最初のコメントを投稿しよう!

26人が本棚に入れています
本棚に追加