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プロローグ
海水浴シーズンを終えたばかりの海は、人がまばらだった。
「よしっ!いい波来てるな!」
今年始めての台風が、近づいていた。
「朔太郎、あたしに、この波いけると思う?」
「美代子、俺がついてるから、大丈夫だよ、さっ!いこうぜ!」
「えぇ...大丈夫かなぁ」
「みよちゃん、俺もいるから、大丈夫だよ」
「そうだね、涼平もいるし、挑戦してみようかな」
3人は、ボードを抱えて海へと走っていく。
「あっ!ごめん!痛くなかった?」
朔太郎のボードが、浜辺で砂遊びをしていた女の子の肩にあたった。
「だいじょうぶ、痛くないよ」
年は6才か7才くらいだろうか、ピンクの水着の上に白いTシャツを着た女の子だった。
「君、1人?今日の波は危ないからね、1人で入っちゃダメだよ、ここで砂遊びしてた方がいいよ」
「うん!わかった!私ね、お兄ちゃんと一緒に遊びに来たのよ」
【あそこ】と言うように指を指した先に、高校生らしき男女が座って携帯を見ている。
「そっか、じゃあね」
「お兄さん、バイバーイ!」
屈託のない笑顔で女の子は、手を振っていた。
ボードの上に股がり座って、沖を眺める三人。
「だいぶ荒れてグチャグチャになってきたな」
「そろそろ戻るか?」
沖から陸に向かってパドルし始めた。
陸に近づいた、その時だった。
「きゃぁ!」
波にのまれ、美代子がボードから投げ出され、海に落ちた。
「美代子!大丈夫か?」
それと同時に陸の方から、何か悲鳴のような声が聞こえた。
「おねがーい!たすけてー!」
「誰かー!たすけてくれー!」
涼平の耳に、微かに聞こえた。
「おい!涼平!ボードをつかめ!俺は美代子を助ける!」
「わかった!でも朔太郎、陸から助けてくれって聞こえたんだけど、ほら!手を振ってるぜ!」
「そんなのどうでもいいから、無視しろ!早くボードをつかめよ!」
涼平はボードをつかんで、陸の方を見た。
「あっ!」
人の頭が、波に出たり隠れたりしている。
頭が出る度に、手をバタバタさせて、もがいていた。
「誰か、溺れてる?のか?」
「君!入っちゃダメだ!今、救助隊を呼んだから」
初老の男が、高校生らしき男の子の腕を掴んで言った。
「離してください!俺が助けに行かなきゃ!」
「ダメよ!あそこにサーファーがいる!あの人達に手を振って助けてもらおうよ!」
「助けてください!おーい!その子を助けて!」
「おーーーい!!助けてくれー!その子を助けてくれーーー!!」
両手を大きく振って叫ぶ。
「ダメだ、アイツら、無視してる!」
「聞こえてないのかもしれないわ!」
「いや、一瞬こっちを見た、でも無視しやがった!」
その時だった、今まで見え隠れしていた頭が見えなくなった。
「ヤバイ!ダメだ!やっぱり俺が行く!」
初老の男の手を振り払って、海へと走っていった。
「君っ!待ちなさい!」
海に入ろうとした時だった。
波打ち際に、【何かが】打ち上げられた。
「まさか!」
近寄って【何か】を抱き上げ、陸へと運んだ。
「死ぬな!死ぬなよ!」
「君たち、そこをどきなさい、救命処置をする、もうすぐ救急車も来るから」
救助隊が着いたのだ。
心臓マッサージ、マウストゥマウスが、繰り返された。
そして、数十分後、救助隊の1人が首を横に振った。
「嘘だ!嘘だーー!目を開けろ!」
泣きじゃくり叫ぶ高校生らしき男の子。
その横で泣き崩れる高校生らしき女の子。
ボードを持った3人が横を通り過ぎながら、遠くからチラッと覗き込み、聞こえないような声で喋っていた。
「おい!朔太郎、さっきの女の子だ、助けを呼んでたのは、この子が溺れていたんだよ」
「俺は聞いていないし、美代子を助けるのに必死だったからな、いいから、知らない振りしてろ!」
「ちょっと二人とも気付いてたの?やだ、嘘でしょ?」
男の子は、コソコソと話す三人をじっと見つめ、目で追う。
その目は【見つめる】目ではなかった。
憎悪の念をおびた、今にも呪い殺さんとばかりに睨み付ける目をしていた。
朔太郎が拾い上げたTシャツにプリントされた【○○university】の文字に気付く。
そして、その男の子は、三人が見えなるまで睨み続けていた。
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