きっと聖女になれない

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きっと聖女になれない

***** 「ねえ、覚えてる? 私たち、ここで出会ったんだってさ」  彼女は僕に向かってそう言った。 ***  机に向かって黙々と執筆している私の筆はそこで止まる。行き詰まった。プロットも確認済みだと言うのに行き詰まってしまった。  ここから編集の言う、『ワクワク✩青春物語!』にできるのか、プロットを見ても分からない。自分で考えたプロットが意味わからないとかもう詰みである。 「あ゛あ゛ーッ!!!! 無理ッ! 万年陰キャの私に妄想100パーで済む冒険物語以外のものを求めるなっての!」 「ご主人様。一度コーラでも飲んで落ち着いたらどうですか」 「ご主人様って呼ばない。それと敬語もつけない」 「……ごめん」  彼はわんこである。もちろん冗談だ。なんか纏う雰囲気がわんこなんだよ。可愛い。お陰様でちょっと落ち着いた。 「確かにさー、私が冒険のできないお貴族様に好まれるようなネタを天才的な文章力で書けるから、その文章力をお嬢様お好みのテーマで書いて欲しいのです! って言われるのはわかるよ? 私、天才だしぃ? でもね、経験してないことは書けないっての!!! 異世界冒険は転移前にめっちゃ読んだし、この世界回りまくって経験も積んだけど、キラキラ青春物語とか好みじゃなかったから読まなかったし、万年陰キャのこの私に経験なんて存在するものか!! 経験がないものは天才でも書けないッ! 妄想が働かん! 妄想が陽キャの世界を拒絶しているッ! 陽キャに仲間入りする陰キャも拒絶しているッ! 私には無理オブ無理だッ! ……あ、ジョン、これはいつも通り門外不出だかんね。喋らないよーに」 「もちろん」  わんこ君ことジョンは私の異世界転移後からお世話になっている宮殿執事である。偉いわんこちゃんだ。  こう見えても私は聖女として働く傍ら、貴族の娯楽を満たすために小説家をしているのだ。楽しく読んでもらいたから得意な純文学ではなく、ライトノベル風に仕立て上げた冒険譚は貴族にバカ受けだった。  宮殿に住めるくらい偉い私なんだが、それは身の丈に合わない。だから街の外れに最低限連れていけと言われたスーパーエリート執事のジョン君のみを運んで、ひっそりと暮らしている。徒歩通勤なのが地味にきついです。是非とも馬車通勤にさせてください。 「はぁ……何か解決策はないかしら。このままだったら私、評価が落ちて、聖女としてしか働く口がなくなってしまう! それは正直困る! 無能だから突っ立ってるしかできなくて給料泥棒って言われる未来がはっきりと浮かび上がるから!」 「いっそ聖女になれないために、ハジメテを終わらせたらいい。聖女は聖女任命から3年間潔癖を貫かねばならぬという規則に僅か半年で背いた淫乱聖女として名を残せば、作者の知名度も上がり一石二鳥。聖女様がお望みとあれば、私は一執事の身として断ることはできないから、せめて優しく奪う」 「敬語外したらジョンっては積極的よね。無理やり外してるからか、めっちゃ堅くなるし」 「それが合図?」 「ヤメテ」  なんか、気が抜けたというか、イラついてきたというか。とりあえずふしゅーってムカつくことだけは確かだ。変な擬音だけどきっとそう。 「魔力量、質、外面の性格は一級品。でも理解力が乏しく魔法が使えない無能。利用価値は溢れ出る魔力による国全体を覆うほどの広範囲低ランクヒールのみ。これじゃあ、私は食っていけんのです。別の仕事を見つけなければってやったのが作家なの。半年もかかってようやく昨日宮殿脱出計画が実になって1日経ったばかりなのに、これ以上変なことをする聖女だと、品位を落とすのだけは嫌」  ここまで頑張っても私はきっと平民に信仰されるだけの偶像で、聖女とは言い難い。  だから、宮殿にいる時から作家業をやったのに、それすらアンタ価値無しだよって言われそうなんだわ。  え? 私、詰みでは? 「まじでどうしよ……」 「なら、体験してみればいい。きっとわかる」 「……やっぱり敬語でいいわ。もちろんご主人様はなしだから。……それで、体験するってどういうこと?」 「ありがとうございます。では、私が貴女の言う王立高等学校の男子学生役をやりますので、カノン様は女子学生になりきってください。陰キャでも陽キャでも構いません。私が、口説き落として見ましょう」 「……無理じゃね」 「やりましょう。やらなくても結果は変わりませんし」 「確かにそうだったわ。詰んでるのにどうこう言ってる暇、私にはなかったァァァ!」  短編でいい再会系青春物語なら確かに疑似体験で天才パワーで書ききれる気もしなくない。ジョンの提案、ノッたるわ。  頑張って雰囲気を出しつつ、窓に寄りかかる。青春感青春感……。  さあ、こいジョン。聖女になりきれない私を落とすが良い。
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