太郎にならなかった

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「今日は雨が降らなかったな」 下校中、使い道のないカサをタクヤは鉛筆まわしの要領で回転させてみた。 雨の日や今日みたいな暗いくもり空の日が続いている。こんなときは、少しでも楽しいことをしてみるのがいい。カサまわしを成功させただけでも心踊る。 「もうツユだね。ほら、シランも咲いた。シランはじめじめが好きだから、じめじめのツユだよ」 マサルが丸いメガネから興味いっぱいの目を見せて、植えこみに咲いた花に近よった。 笹みたいな葉っぱが伸びてて、そのあいだからすっと突きでた茎に紫色の花が数輪たれさがっている。 それはまるでけばけばしい魔女のツメ。この花のうしろに広がるうっそうとした庭に招きいれようとしているみたいだ。 「シラン? 知らんな」 タクヤはまきおこった恐怖心を隠して、おどけてみた。 「私も知ってる。この花が咲くころにはここのウチの人が来るのよ。おばあちゃんがいってた」 ユキが花に向けたひとさし指を庭の奥にある古びた洋館へと動かした。 ここの洋館が開いているのをタクヤは見たことがない。そもそも陰気臭いこの屋敷に人が来るなんて信じられない。 それに、ユキの言葉にはマサルほどのシンピョウセイを感じられない。 「それって、本当に人かよ。幽霊じゃないのか」 「おばあちゃんがいってたの。それに、冬にも来たし。おばあちゃんがつくったキャベツあげたって」 ユキがむくれた。どうやら、本当だったようだ。まっすぐ見つめてくる黒目がこわい。 「ごめん、ごめんって」 「わかってくれたならいいけど、おばあちゃんの話はナイショにしてよね。おばあちゃんがユキとふたりのナイショの話だって、いってたから。 あと、どうしても信じられないなら、これから放課後はここに集まって観察したらどうかな?」 「え、そ、そんなことまでしなくても――」 「ボクも見たことないから、見てみたいかも」 「じゃ、決まりだね。家に帰ったら、ここに集合ね」 賛成なんてタクヤは言ってないのに、洋館観察会が決定してしまったのだった。
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