ハッピーエンドまであと少し

5/5
前へ
/5ページ
次へ
「あら、嫌だ。雨が降ってきたわ」  高級レストラン「ド・ロレッタ」で食事をしていた二人は、デザートに差し掛かるところで窓を叩く雨に気が付いた。  その音は急激に強くなってくる。窓にも水滴が流れ始めた。 「大雨だな」  頷いたジュリアは少し不安そうな顔をしながら、ワイングラスを手に取って口に運んだ。  最後の紅茶を終えても雨は止まなかったが、そのまま馬車でジュリアを送ることにした。  ますます雨脚は強まり、屋敷に着く頃には土砂降りになった。  横殴りの雨に、傘を傾けてジュリアを抱えるように屋敷の門を潜ると、玄関に着いた時にはロメオはびしょびしょだった。  なんだかそれが可笑しくなってしまって二人で笑い合う。 「ロメオ、このまま帰ったら風邪をひいてしまうわ。少し暖まって、乾かして帰ってちょうだい」  仕事相手でもあるジュリアの父も出てきて、ロメオに暖炉のある部屋を勧めた。  ロメオはありがたくその申し出を受け、コートを脱いで暖炉の前で乾かす。  炎の前の椅子で一息つくと、ジュリアがカップを乗せたトレーを手に入ってきた。  濡れた服を着替えた彼女はシンプルなワンピースで無防備だ。 「少しは暖まった? ホットミルクをいかが?」 「眠くなって帰りたくなくなりそうだ」  苦笑しながらジュリアからカップを受け取り、そのまま彼女を腕の中に閉じ込める。  膝の上に座らせると、彼女のワンピースのパフスリーブが頬を撫でた。 「柔らかくて気持ち良い生地だな」 「ふふ。亡くなった母のものなの。母は着心地が良いものを好んでいたから。素敵でしょう?」 「うん」  ロメオはジュリアの首元に顔をずらし、息を吸い込んだ。コロンなのか、甘い匂いがする。  魅力的で、扇情的で、頭が痺れる。  くすぐったいのか、ジュリアはくすくす笑い出した。  幸福を感じ、ロメオは目を閉じた。  このまま、仇探しなどやめてしまおうか。やめてしまえば良い。  この三年間、捕まえられなかったのだ。今後も難しいだろう。  観劇を見た時に感じたではないか。  復讐などせず、前を向き、生きれば良い、と。  このままジュリアと結婚し、子どもを育て、幸せな家庭を築く。幸せが、目の前にある。  それでいいだろう。  柔らかな身体をより深く知りたくなり、ロメオはジュリアの背中を強く撫でた。  ジュリアはびくりと震え、悪戯をしたロメオの手を止める。欲望に、気付いたらしい。 「だめよ。もうじき結婚なんだから。神に誓うまでは」 「……分かっているよ」  ジュリアの肩をポンと叩き、帰ることを告げたロメオは、椅子に掛けておいたコートを手に取った。  びしょ濡れだったが、もうおおむね乾いてきている。  玄関まで送ってもらい、名残惜しげに頬に唇を落とした。 「ジュリア、風邪をひかないように。おやすみ、良い夢を」 「ありがとう、ロメオ、あなたもね。おやすみなさい」  雨はまだ降っている。  手を振って、ゆっくりと扉が閉まった。  馬車が動き出した音を確かめて、ジュリアは扉に背を向けた。  大きく身体を伸ばしてよじる。背中から、ぱき、と音がした。  それから右脇腹を強く撫でる。  傷跡を、押さえるように。  傷跡を、確かめるように。 「……ああ、痛い……」  ──こんな大雨の日は、特に。  Fin.
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加