雪が降ったあの日

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癖毛の白髪で、顔はやや童顔。年齢は四十代前後であるが、全く生気を感じない今の彼ならば、もっと年老いて見られるだろう。 バートンは暖炉の火をじっと見ながら、両手で女物のペンダントを握りしめている。そのペンダントには小さな写真が埋め込まれていた。 その写真にはいまは亡き、妻と娘の姿が写っていた。 妻は生まれつき脳に腫瘍を患っていた。幼い頃から入退院を繰り返してきたという。そんな彼女に転機が訪れたのが、二十五歳のある日。 彼女は療養のため自然あふれる、ここリザールに移り住んだ。そこで、彼女とバートンは運命的な出会いを遂げる。 バートンはかつて、街一番の奇術師だった。サーカスの団員として活躍してわけだが、そこでたまたまサーカスを見に来ていた彼女に一目惚れする。 二人はすぐに意気投合し、結婚を決意。彼女の容体を案じたバートンは、街から少し外れた、空気の透き通ったこの湖のほとりに一軒の家を立てた。 その後、二人は女の子を授かる。三人で過ごす日々は、まるで夢のように幸せで、この時間が永遠に続けばいいと願った。 しかし、別れは突然にやってくる。それは、娘が十歳になった冬の日のこと。娘は時計台から見える、リザール特有の雪景色を見るために街に出かけた。 何がいけなかったのだろうか? バートンはこの日のことを深く…深く悔やんだ。 娘は、偶然通りかかった強盗の手によってこの世を去った。 心臓にナイフを一刺し。即死だったという。 ーー天使のように可愛かった ーー幸せになって欲しかった ーーもっと一緒にいたかった 一体、なぜなんだ。理不尽にも娘の将来を奪った運命を、何度も呪い憎んだ。 バートンは、その悲しみから奇術団を抜け、酒に溺れた。そのせいだったかもしれない。彼女の脳腫瘍が悪化したのは。 娘が死んだ一年後。妻は、突然脳の腫瘍が悪化し、娘の後を追ってしまった。 妻はバートンを一人にはしまいと、できる限り病気と闘い続けた。しかし、それがバートンをさらに苦しませた。 薬の副作用で美しかった銀色の髪は抜け落ち、華奢な体は骨が見えるまでに痩せ細っていた。 薬漬けの妻の姿に、バートンはただ目を逸らすことしか出来なかった。 程なくして、妻は死んだ。 彼女は雪の降った日に死んだ。 寒い夜だった。病院の中央広場にあった噴水は、綺麗な氷の彫刻となっていた。 彼女が死んだ日、屋上で憎いほど美しく、静寂な雪景色を見たのを覚えている。 その雪を見て、バードンは思わず「きれい」と呟いた。 あの日。 娘が死んだ日。 娘はこの景色を見るために死んだのだ。 そして、皮肉にもこの景色を見た日に、妻もいなくなった。 見たかった。 この景色を三人で見たかった。 死んだ妻の顔に、あの日の娘の顔を重ねた。その瞬間、ここが地獄だと初めて理解した。 これは夢でも現実でもなかった。ただ永遠と続く悪夢なのだと、バートンは気づいてしまった。 それからバートンは、家に引きこもった。三人の思い出が詰まったこの家で、あの懐かしい日々を思い出しながら、ただ毎日を生きた。
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