雪が降ったあの日

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それから、さらに一年が経った。時刻は午後十時を回っていた。バートンはいつものように暖炉の前で、悲しみに溺れていた。 そんな時であった。ふいに、扉をノックする音が聞こえた。最初は、何かの勧誘かと思ったが、こんな辺鄙な土地にまで来ることはありえない。 ましてや、来客などさらにありえない。バートンは恐る恐る扉を開けた。 そこには一人の女が立っていた。 見た目は二十代前半。容姿はとても整っており、体型もモデルのようにスラリとしていた。 耳にかかった黒い長髪は、どこか色気すら感じさせ、漆黒のダイヤのような瞳はこちらをじっと見ていた。 しかし、女はとても風変わりな格好をしていた。黒いコートに黒い靴、さらに頭には黒いハット帽子を被っていた。 まるでどこかの殺し屋のような格好だ。 しかし、この妙な格好がどこかさまになっていた。まるで、闇夜のような冷たい美しさを持った女性だ。 黒コーデに身を纏った彼女は、ハット帽子を頭から取りながら呟いた。 「バートンさんで間違いありませんね?」 当然、バートンには女に心当たりなどなかった。 こんな美しい女性、一度見たら忘れるはずもない。 「はい、自分がバートンですが、あなたは?」 「私はアリスと申します。少し、お邪魔してもいいでしょうか?」 バートンは彼女を家に入れるか瞬間迷ったが、断る理由も特にない。何よりも、自分を訪ねてきた女性を、こんな夜中に一人返すわけにはいかなかった。 バートンは、どうぞと言いながら、彼女を暖炉がある居間まで案内した。 居間を改めて見渡したバートンは、灯りが暖炉の火しかないことに気づいた。仕方なく、部屋の電気をつけようとするが、長いこと電気代を支払ってないことを思い出す。 しょうがないから、災害時に準備していたランプに灯りを灯し、机の真ん中に置いた。そのランプを中心に、バートンとアリスは正面を向き合いながら、椅子に腰をおろした。 バートンは改めて彼女を見た。この家に家族以外を招き入れたことはない。そのため、家族以外がこの家にいることにとても違和感があった。 アリスは黒い瞳でこちらを見つめ返した。バートンは思わず、目をそらす。 そのまま、顔を下に俯きながら質問した。 「それで僕に何のようかな?」 「その前にいくつか質問があるのですが?」 アリスの切り返しに、少し驚きながら、何かな?と聞き返す。 「最後に食事をしたのはいつですか?」 一瞬、人との会話が久しぶりすぎて、自分が言葉を忘れたのかと疑った。 しかし、そうではないようだ。 バートンが聞いた言葉は、紛れもなく真実であった。 「なんでこんなことを聞くんだい?」 アリスはこちらを見ながら、沈黙を貫いた。 その沈黙に耐えられず、バートンは渋々答えた。 「昨日の朝に食べたパンが最後だと思うよ」 アリスは小さく頷き、質問を続けた。 「ここ数日、体調に異変はなかったですか?」 バートンは全く意図が読めない質問に困惑した。そんな中、アリスはピクリとも表情を変えずに、バートンをじっと見つめる。 その圧に押され、仕方なく答えた。 「あぁ、特に変化はなかったよ」 彼女はまたもや小さく頷くだけ。そして、さらに質問を続ける。 「では、今夜私以外の人間がここに来ましたか?」 バートンはいい加減にしてくれ!と机を叩きながら、叫んだ。 「こんな夜遅くに来て何なんだ!何かのアンケートならよそでやってくれ!」 アリスはバートンの怒号にも、何一つ反応を見せず、ただ静かにこちらを見つめる。 アリスの不思議なオーラに不気味さを覚えたバートンは、不機嫌そうに答えた。 「ここには、滅多に来客なんて来ない。君が初めてさ」 アリスはご回答ありがとうございます言うと、胸ポケットから手帳を取り出し、何やら記入しはじめた。 「アンケートが済んだなら、さっさと帰ってくれ」 アリスはまるで表情がない人形みたいな顔で、こちらを見た。そして、ふいに暖炉の方を指さした。 その方向に目を向けると、そこにはバートンがさっきまで座っていた椅子が置いてあった。 その椅子を見た時、バートンは驚愕した。 先刻まで座っていた椅子に、何者かが座っているのだ。 バートンは、思わず誰だ!と言いながら尻餅をついた。 外からは、寒い冬の夜風が入ってくる。 バートンはどうにかして立ち上がると、机に置いてあったランプを手に取った。そして、ゆっくりと暖炉の方に灯を近づける。 椅子に座っているいる男の後ろ姿には、見覚えがあった。 どこかで見たことある? バートンは直感的にそう感じた。 そして、一歩また一歩と、その男に近づく。その男の真後ろまで近づいた時、その男の正体がわかった。
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