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夏休みの作文
わたしは天女です。むかしは天女と言いましたが、男のひともいるので、いまは天人と云うそうです。
むかしむかし、そらのくにから移り住んだ天人が、地上で暮らし、人間と変わらない生活をしはじめた末裔が、わたしたちです。空にはまだ天神さまと天人がいるそうですが、わたしたちには、見ることができません。
わたしはいま、小学生です。身体が大きくなるにつれ、だんだんと、からだのまわりににいちまいのはごろもが浮きます。それを肩にかければ、浮くことができますが、人間がいっぱいいる地上では、一部を除いて禁止されています。危ないからだそうです。
また、ぼんやりとしているときには、空から天神さまのこえが聞こえてくることがあります。これはひとそれぞれで、大きく聞こえるひと、小さく聞こえるひと、よく聞こえるひと、さまざまです。わたしは、たくさん聞こえるひとだったので、勉強ができなくて、おかあさんに相談したら、病院へ行きましょうと言われました。病院に行ったら、薬を貰って、これをまいにち飲みなさいといわれました。毎日飲むことが大事だそうです。飲み忘れると戻るそうです。薬を飲んだら、天神さまのこえが聞こえなくなりました。はごろもも消えてしまいました。
翌日の朝、起きてもありません。
テレビをつけると、はごろものとくに大きい天人の、飛行レースのようすが映っていました。レースに、世界でいちばんはやくゴールしたのだそうです。また、遠いところに居る天神さまのこえが、大きくたくさん聞こえるひとが、すごい発明をして表彰されているのが映っていました。
でも、わたしの周りにははごろもはありません。天神さまの声も小さくなってしまいました。
わたしは、わたしがわからなくなってしまいました。わたしは天人なのでしょうか? それとも人間なのでしょうか? きっと、どちらでもないのでしょう。たぶん、空を飛べなくなり、天神さまのこえが聞こえなくなった、天人です。
人間ではありません。人間にはなれません。
わたしはすこしつらくなりました。その日は、具合いが悪いと言って学校をやすむことにしました。
そして、こっそり家から抜け出して、道路をいっしょうけんめいに走って、お気に入りの場所に行きました。お気に入りの場所とは、近くの山の、小高い丘です。そこに座っていると、とてもよく天神さまの聞こえた場所でした。
風が吹いています。夏の空の、太陽の日差しが気持ちいいです。わたしはたくさん伸びをしました。
でも、やっぱり天神さまのこえは聞こえません。さびしくて、帰ろうとしたとき、後ろから声を掛けられました。
そこにはみなりがボロボロの男の子が居ました。
「なにやってるの?」
「あなたこそなにやってるの」
「おれは学校をさぼったんだ。あんたも」
「うん」
わたしと男の子は、なんとなく、話をはじめました。
男の子は、不登校だそうです。理由は家が貧乏でいじめられたからだと言いました。
わたしはいじめられたことはありません。教室のみんなは、はごろもがあっても、声が聞こえても、わたしをいじめませんでした。高いところに、ボールをひっかけてしまったとき、みんなはわたしに「取って!」と言ってくれました。学校のおまつりのアイディアに詰まったとき、わたしに、「天神さまのこえを聞いて!」と言われて、聞いて、作品を完成させました。あとで、先生からそれはズルだと言われて、やり直しをさせられてしまいましたけれども、わたしは、とてもうれしかったです。
「それで、いいんじゃねえの?」
「どういうこと?」
「だから、むりして人間になろうとしなくても、いいんじゃねえの?」
「……そっか。うん、そうだね。ありがとう」
男の子は、わたしを見て照れくさそうにわらいました。わたしも笑いました。こんなに笑ったのは、ひさしぶりでした。
「あんた、勉強できる? おれ、勉強道具や参考書がたくさん買えなくて、勉強あんまりできないんだ」
「う、うん」
「おれに教えてよ」
「良いよ。わたしのおはなしを聞いてくれたから、お礼に、放課後、一緒にここで勉強をしよう」
「やった! ありがと!」
わたしたちは指切りげんまんをして、そこでお別れを言い、男の子もわたしも、今日は家に帰りました。家に帰って、お母さんにわたしは言いました。お母さんは、家から抜け出したわたしを叱りませんでした。
「わたし、くすりを飲まない」
「大丈夫?」
わたしは胸を張って、うん! とうなづきました。
おかあさんはとても穏やかな顔をしました。
そうして、たったいちにちだけでしたが、わたしの、夏の長いおやすみが終わりました。わたしは、これからも、わたしとして、生きていこうとおもいます。
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