一 ~禰床島へ

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 かくして──イサミに肩を掴まれたままで、マナオは歩かされる。  肩にかかる指から、背中に触れるイサミから、彼の体温を感じる……  ──……人に触れられると、こんなに温かいものなのか……  いままではたまに、占い婆に触れられることがあった。  体調を崩し、熱があるかないかを確かめる時で、こちらが高温だから、婆の手はいつもひんやりしていた。  平熱の時でも、婆の手は──薄い綿を入れた芯の硬いもの、という感触だった。  他人の体温……というものを、感じたことがなかった。呪島では仕方がなかったが……  自分が生まれた時、母親に触れていたのだろうか? 例えば、その母がすぐに死んでしまったとしても、乳飲み子が誰の手にも触れられず、生き延びられるとは思えない──  だが、生まれて初めて、人の温もりを……抱かれる感じを、知る様な気がする──…  ──けど…… だけども……!  マナオの内面には、ある葛藤が生じ、その熱が上がり始めていた。  ──いちばん最初に、婆様のことを「呪い婆」と、俺のことを異色の子供だとか言ったのは────この人じゃないか!?  元はと言えばのことに、急にマナオは気づいてしまったのだ。  ──このイサミって人が、そんな風に言うから、この唾男も、俺のことを、そんな風に扱うんじゃ……?!  一歩、一歩……イサミと合わせて歩く度に、怒りがふつ、ふつと、湧き上がるのを感じた。  それは、──イサミにも、密接した体から伝わったものか…… 「おまえ……呪島でも、こんなだったのか? 怒ると、それをすぐ露わにする……」  と、小声で囁かれた。 「──そんなことはないです。怒ることなんて……滅多になかった」  占い婆と二人だけの生活──婆様に怒るなど、あるわけがなかった。  しかし例えば…… 祭壇の供え物の菓子を、蟻にたかられた時──おろした後で婆と食べようと思っていたから、怒ったことはある。  ……怒りを感じた時、すぐに露わにしたか?と言われれば、その時は確かに、 「あ~~っ!」などと叫んだ記憶はあるが……  あ、ちょっと自分は怒りっぽいのかも……と、マナオが内省していると…… 「そうか。怒るな、とは、俺が言う義理もないから言わないが──相手を見ずに、怒りを露わにする癖は、いますぐに止めた方がいい」  イサミの言葉は、マナオの心の臓に、まっすぐに突き立った。 「おまえ、この島に上陸してから、……俺が傍にいなかったら、身ぐるみ剥がされて、とっくに海の中だぞ」  この島──全く予定になかった禰床島に上陸し、足の踏み場もわからず、汚い地面に荷物は落とすし──汚いと言えば、朝から唾を吐かれまくったり、暴言を浴びせられたり、と、さんざんな目に遭って、ここまで来ているのだが……  それでもまだ、ここまで無事な方だった……のだろうか? 「おまえの中では、ああして欲しい、こうであって欲しい──っていうのがあるんだろうが、他人は、おまえの為に動いちゃいないんだ。この島では特に、自分の損得が最優先、それから利害──法とか道徳だとかは存在しない。そういうのが、まるでわかってないみたいだから、最後に言うがな──」  ──最後……?
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