序 ~呪島より

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 因みに、シマ国の動力がない船は、『舟』と称される。  区別のため、外国の『船』を、「せん」と呼ぶこともあった。もっとも、見ることは殆どないから、呼ぶ機会もないのだが。  マナオも、(せん)を見た記憶はない。  むしろ逆に──幼い頃から繰り返し見る夢は、眼下に白い雲がかかる、山々の眺めだった。 「……それは、本当に雲なのか? もしかしたら、『雪』かもしれぬな」 「雪……?」  占い婆は、都から送られたものだという書物にある、雪山の挿画を見せながら、言った。  こうして、マナオの知識は、婆の持つ沢山の蔵書と、婆自身の思い出話で培われていった。 「私は、都から西へ三日ほど歩いた僻地にある、海浜の傍で生まれ、育った。そこからも、都からも、雪を被った山を遠く見ることはあった。……だが、恐ろしく険しいゆえ、近くで雪山を見たことはない」 「婆さまも、俺と同じ、浜で生まれ育ったの?──」  婆は大人で女性、自分は子供で男……まるで相反する同士だが、共通項があるのかと思い、マナオは喜びかけたが…… 「都と陸続きの内地だ。この辺りの島々の様な浜ではない。それに私には、シマ国の民の親がいる。……マナオ、おまえは違う」 「……そう、なの」  それに、占い婆が話したかったのは、そこではなかった。 「私は雪山を、近くはおろか、眼下に見たことなどない。……もし、それが雪ではなく、本当に雲だというのなら──マナオ、おまえは山上の民だったか、或いは……」 「……?」  そもそも、その夢というのが、間違いなくマナオの記憶という確証もない。    マナオは──自分の名前すら、わからなかったのだ。    自分で椀を持ち、ものを食べ、衣類を着ることも、会話も出来る。  これだけの生活経験があるのに、自分の名前が一文字もわからない、というのは不自然だった。    この子供の記憶はない、もしくは壊れている──占い婆は、そう判断した。  
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