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沫里とシアンが笑い合っていると、拝殿へと向かう道の両脇に置かれていた狛犬の石像が突然光り出した。
「な、なに!?」
驚いた沫里はその光を見つめていたが、光はあまりにも眩しくて目をつぶっていた。
しばらくすると光は消えていた。ゆっくりと目を開いた沫里の目の前には、二匹の犬が座り込んでいた。狛犬のような姿をしている二匹を見た沫里は狛犬が置かれていた場所を確認して呆然とした。そこにあったはずの狛犬がなくなっていたのだ。
「え、…え?…もしかして、狛犬が、本物になった!?」
「うん、そうだよ」
「僕らは、ここでは動けるようになったんだ」
驚いて叫ぶ沫里に答えるように二匹の狛犬は話し始めた。狛犬の声を聞いた沫里はさらに驚いて目を見開いていた。
「……こ、狛犬がしゃべったぁ!」
「ふふっ。そう、僕らは話せるようにもなった。ここは、幻影の世界だからね」
驚いてばかりの沫里の反応を面白がって二匹の狛犬は笑い合っている。そんな彼らに怒りを覚えながらも、沫里はある言葉に疑問を持った。
「幻影…?」
「幻影っていうのは、作り物ってこと。ここは、シアンが作り出した幻の世界なんだ」
狛犬の言葉で沫里がシアンのほうを見ると、シアンはのんびりと毛繕いをしていた。
「…そうなの?シアン」
マイペースなシアンを抱き上げて目線を合わせながら沫里は呟く。シアンは答えるかわりに大きくあくびをした。
「もう。それじゃあ、答えになってないよ。…相変わらずだね、シアンは…」
沫里は呆れながらマイペースを保っているシアンを地面に降ろした。拝殿の下へ歩いていくシアンを見守りながら沫里はそばにあった木に寄りかかる。
また涼しい風が吹いて来た。
「…確かね、この神社は少し前に壊されてなくなったの。でも、やっぱりシアンにとってこの場所は大切な思い出の場所なんだよね。それに、私にとっても…」
沫里の呟きに狛犬は頷く。
「だから、シアンはキミをここに連れてきた」
「でも、この場所は夕立と逢魔時が重なったときにしか現れない世界。夕立があがったり逢魔時が過ぎてしまったりするとここは闇に閉ざされる。そうすると次に条件が重なるまで閉じ込められてしまうんだ。そこだけ、注意しないといけないよ」
「逢魔時って?」
沫里が首を傾けると狛犬はまた頷いた。
「簡単にいうと、夕方のことだよ」
「そうなんだ。確かに今は夕方で、夕立とも重なってる…。だから、私はここに来ることができたんだね」
それから沫里は空を見上げて黙り込んだ。白い雲が青い空を流れている。
「……シアンは、もう死んでる。そうでしょ?狛犬さん」
ふと俯いた沫里の言葉に狛犬は目を見開いて顔を見合わせた。それから一匹がゆっくりと口を開いた。
「…うん。シアンは死んでしまった」
「…でも、なんでキミはシアンが死んでるとわかったの?」と、もう一匹は首を傾ける。
沫里は目から溢れそうになる涙をこらえながら、狛犬に笑顔をむけた。
「猫は、自分が死ぬときは姿を隠して死ぬ…。そんな話を聞いたことがあったから、シアンもそうだったのかなって思ったんだ」
ため息まじりに話す沫里にかける言葉が見つからない狛犬は黙って沫里を見つめる。
「悲しくないよ。だって、また夕立が来たときにこの場所に来ればまた会えるからね」
笑顔をむけ続ける沫里に指摘するのは気が引けた二匹だったが、沫里には無茶をしてほしくなかった。
「この場所はどこに現れるか、僕らにもわからないよ?」
「それに、キミの行ける場所じゃないかもしれない」
二匹の指摘に沫里は一瞬驚いたが、もう心の中では決めていた。
「大丈夫!夕立が来れば絶対シアンは私の前に来てくれる。それに、ここに来れない日があったとしても、その次の夕立を待つ楽しみができる」
笑顔を崩さない沫里に顔を見合わせて驚いた狛犬だったが、沫里を信じてみると決めた。
「そっか。…キミが決めたなら、僕らもずっとまた会えるのを楽しみに待ってるよ」
二匹の狛犬もいつの間にか笑顔になっていた。
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