迎えに来るもの

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迎えに来るもの

 春爛漫。夕映中学校の古い校舎は、桜並木の続く坂道の先にある。うららかな午後の日差しを窓越しに感じながら、須藤清巳は暗澹たる気持ちで職員室にいた。 「部活、ですか」 「須藤君もこっちにきてから二週間たつし、そろそろやりたい部活も出てきたかなって」  どう? と微笑む担任にため息をつきたいのをぐっとこらえる。  清巳が転校してきたのは新学期の始まる二週間前の春休みのことだ。転校先での学校生活よりも、生まれて初めての一人暮らしへと意識が集中していて、部活動のことなど一切考えていなかった。 (というか、帰宅部のつもりだったんだけどな) 全校生徒全員部活参加必須、目立った成果はないがどの部も和気藹々と活動しているのが我が校の特徴――担任の説明をうんざりと聞いて、校風についていけないと胸中で吐き捨てる。これでは何のために転校したというのか。 「……あの、あまり部活に時間を割きたくないんですけど、ゆるいとこってありますか?」 「新聞部かな」 「新聞部」  即答されて少し戸惑う。苦笑いくらいされるかと思ったが担任は真顔だ。 「まあね、皆が皆、放課後の時間を部活にあてられるわけでもないだろうし。……ああ、これ、ここだけの話ね」 そう言って担任はちらりと辺りに目をやった。さすがに職員室内で教師が口にして良い感想ではなかったらしい。誰にも聞こえていないとわかると、ふうと息をついた。 「……えぇと、新聞部だけどね」 元は生徒会が発行する会誌の片隅に載っていたささやかなコラムが、他の記事よりも人気を博し、気づけば全体の七割を埋めてしまったがために部として独立することになったのだが、時が経つにつれ今や部員のほとんどが幽霊だという。 (まさに盛者必衰……) 転校前の授業で知った言葉を頭に思い浮かべ、清巳は一人頷く。 「いまは三年の女の子一人で部をまわしているような感じかな。興味があるなら見学に行ってみる?」 担任の言葉に笑顔を返す。内心ではこう思っていた。入部したらすぐにでも幽霊部員になってやろう。 ○ 「いらっしゃい。君が入部希望者? 部長の遠野浅葱です」  艶々とした長い黒髪と雪のような白い肌、淡い色の唇。黒檀のような瞳は底が知れず、全体的にどこか浮世離れした雰囲気の少女。遠野と名乗った彼女が新聞部の部長だった。 (なんとなく意外だな) 部長を務めるほど熱心なタイプには見えない。けれど淡々と部について説明する口調によどみはなく、なるほど確かに部長として部活動を行っている貫禄は見て取れる。 「さて須藤君。たぶんだけど、君ここに向いているよ」 「え」  にこりと笑う遠野に、入部届けだけ出したら振り返るまいと目論んでいた清巳は引き止められるのかと警戒した。 「うちの活動はそのまま校内新聞の作成だけど、学校行事の案内だとかじゃないんだ。噂とか都市伝説とか……七不思議とか? 内容はほとんどオカルト方面ばかりでね。うちの学校自体もだけど、この辺りはなにかとその手の話題に事欠かないから」 「はあ」  あからさまに胡乱な表情を浮かべて見せた清巳を気にせず、遠野はにこにこと続ける。 「君も何か困ってるんでしょ? そう言った意味でさ」 「え」  ドッ、と心臓がひとつ大きく鳴って、清巳はまじまじと先輩となる少女を見つめた。図星だったからだ。何をどこまで知っているのだろうと、背筋に冷たいものが走る。急に目の前にいる、ほっそりとした少女が得体のしれない何かのように思えた。 強い警戒とほのかな怯えの混じった視線を受けて、遠野の形の良い眉が八の字になった。「えぇと、」細い指で頬を掻く。困ったように視線を揺らして、「怖がらせちゃった?」と小さく呟いた。咳払いをして、誤魔化すようにへらりと笑う。 「あの、だから、まぁ、うちは君に向いているんじゃないかな。それが良いことかどうかはわからないけど」  冷静そうな見た目の割には感情と表情筋が直結しているらしく、どうしようとでも言いたげにちらちらとこちらをうかがっている。そのあまりの取繕いの下手さに絆されたわけでは断じてないが、感じていた警戒と怯えは鳴りを潜めた。  以来、清巳はなんとなく新聞部に顔を出すようになった。  副部長を名乗るようになったのはそのひと月後の五月のことだ。
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