渚の街のモノクローム(1) ~邂逅編~

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 本田さんは、「今芝崎さんとスナックにいるんですけど、岡野さんも呼べと言うんですよ。来てくれませんか?それに、私一人では……」 と言ってきた。オレは内心(まだゲームのログインボーナスをもらってないのがあるからなあ…)とか考えていたら、「美人には弱いんでしょう?」 と頭の中にクロが割り込んできた。オレは仕方なく「わかったよ。行くから」 と答え、パジャマから着替えてスナックに向かった。  この街にはスナックが1軒しかないから、場所の説明は「スナック」だけで事足りる。もしスナックの名前の方で言われたら、逆に迷ってしまったろう。  妹には芝崎さんに会いに行くと言って本田さんの部分は省略しておいた。(別にやましいことは何もないのだが…)「そうなの?」 暗闇から突然声が聞こえてきた、いや、正確には頭の中に聞こえたのだが、黒猫は暗闇にふさわしい。「ついてきたのか」 「シロもいるよ」 「ハイハイ。仲良し姉妹だもんな」  東の中空に満月をやや過ぎた月がぶら下がっていた。駐在所から歩いて数分の所にそのスナックはあった。クロとシロはちゃんとついてきてるようだ。  スナックに入ると、四十路のママがクロ達にすぐ気づいた。「あ、ヤバい。追い出される!」 と思った瞬間、「きゃ~かわいい猫ちゃん達!」 と、オレの足元にいた二匹に飛びついてきた。何だ?クロ達にはこんな能力もあるのか?と考えていたら、ママが、「うちにも二匹いるのよ~。カワイイわあ。ゆっくりしていってね」 とクロ達に話しかけていた。  オレはほとんど無視かよ!とか思いながら店内を見回してみた。しかし見回すというほど店内は広くはない。カウンター席が5つにボックス席が3つだけだった。お客は一組だけ。おっちゃんと本田さんだけだった。  オレは二人のいるボックス席に座った。さすがに本田さんの横にはまだ座れないよな。仕方なくおっちゃんのいる方の席についた。  おっちゃんはいきなり、「おら飲めやあ!」 とか言いながら飲みかけのビールグラスをオレの目の前に差し出してきた。「ちょ、待っ」 オレはさすがに驚いた。昼間見たあの内気そうなおっちゃんはどこだ?これじゃ大虎じゃないか!「そうね。猫じゃなく虎に変身してるわね」 ママからカマボコのようなものをもらって食べながらクロが言った。どうも静かだと思ったぜ。  ママが新しいグラスとビールを持ってきてくれた。「うちの猫ちゃんよりも上品な猫ちゃん達ね」 そう言いながら新たにビールを注いでくれたので、少しホッとした。 本田さんならともかく、おっちゃんと間接キスは嫌だよな。  向かいの席の本田さんはイスにもたれてウツラウツラとしている。オレが来る前に、相当おっちゃんに飲まされたんだろう。おっちゃんは酒が入ると別人だった。ママも捕まえておいて「おれの酒、飲めやあ」 とか勧めてると思ったら、「カラオケやるぞカラオケー!」 と言ってマイクを握った。ママは慣れた手つきで曲番を打ち込んでいる。「酔ってるから最後よ」 と言ったが、おっちゃんに聞こえたかどうか。  やがておっちゃんの爆音が去るころ、本田さんはソファにバタッと横になってしまった。まだ二十歳になりたての小娘に、この状況はムゴい。  こんなところを本田さんの親が見たら、「拉致して酒飲まして何する気だ!」 と言うに違いない。オレは優しいお巡りさんなんだぜ。ちゃんと家まで送ってあげないとな。「送り届けて交尾する気ね」 バカいうな……  オレはママに本田さんの家を知らないか聞いてみた。ママは「確かこの通りを300メートルくらい行った先の右手にあるアパートだったと思うけど……」 田舎では個人情報などあってないのと同じだ。特に、よそから来た人は必ずチェックされている。オレは、「ああ、あのアパートか」 と答えた。オレは仕事柄街の地理には詳しい。あのあたりの地区には、アパートは1軒しかなかった。2階建ての、外に錆びた階段のある歴史のあるアパートだ。ボロいともいうが。  おっちゃんには本田さんを送ってから帰ることを告げようと思ったのだが、カラオケ最高潮・大音量でガナりたてている。「こりゃあ無理だな……」  ママにそのことを話し、おっちゃんに言っておいてと頼み、お金を払って外に出た。
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