2 バーBitter

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2 バーBitter

「それにしてもユウコ、このバーよく来るの?オシャレだよね」 さっきのユウコのオーダーが気になって尋ねてみた。 「え?うん。たまに来るよ。ここね、家から近いし、朝までやってるし、一人で来てもマスターが相手してくれるから。たまに遅い時間にはご飯食べに来る。夜のアルバイト終わった後、お腹減ってたら帰りに寄ったりするよ。ここってフードも美味しいから」 「そうなんだ〜。朝までやってる店で女一人でも入れるとこって貴重だもんね。確かにマスター優しそうだし」 「そそ。しかも実はマスターとご近所さんなんだよね〜。ね〜マスター!」 「はい。ユウコさんとはご近所ですね」 マスターが優しい顔で相槌を打ってくれる。 「こちらがカミカゼ。こちらがパラダイスのオンザロックです」 目の前に二つロックグラスに入ったお酒が出された。 「マスターこのパラダイスのカクテル言葉もあるの?」 「ありますよ。パラダイスのカクテル言葉は”夢の途中”という意味です。本当はカクテルグラスで提供するんですが、少し酔われているようなので、ロックスタイルにしました。飲みやすいので、ペースに気をつけてくださいね」 そう言われて、ちょっと恥ずかしかった。さっきの話、このマスターにも聞かれてたんだ・・・。ということは、さっきの隣の中年の男性にも聞かれてた・・・私って、ダサい・・・。 もう少し、ましな飲み方しようと心に誓った。 「このカミカゼは”あなたを救う”って意味なんだって〜。昔、ちょっと色々あった時に、マスターに教えてもらったんだよね〜」 ユウコがロックグラスに入った透明のお酒を回しながら、私に教えてくれた。 ユウコは私の高校時代からの親友で、もう付き合いは10年になる。 彼女はハツラツとした雰囲気で高校時代から人気者の女子だった。 たまたま高校一年生の時、同じクラスで席が隣だった。それがきっかけで仲良くなって、そのまま親友になった。 高校卒業した後、彼女は芸術大学に進学して音楽を勉強していた。元はピアノを弾いていたのだけれど、そこからデジタル音楽の世界にし、楽曲を作ったりしているのだそうだ。 で、その楽曲制作の為にパソコンやソフト、シンセサイザーなどの電子楽器類が必要らしく、それらを買う為にお金が手っ取り早く稼げる高級クラブでアルバイトを学生の頃からしていた。 24歳の時までは夜の商売一本で食べていたが、25歳になる手前で音源制作などを手がける会社に就職することができ、夜の商売を辞めたと聞いていた。 だが、ちょうど2ヶ月くらい前から、またたまに夜のアルバイトを始めたのだそうだ。どうも、前の店のチーママが独立したらしく、手伝って欲しいとの緊急要請らしい。 きっとホステスとしても人気があっただろうから、頷ける。 流石に昼職で社員なのだから、夜のアルバイトは週に2回だけのようだ。恐らくそのアルバイトの帰りにこの店で軽く食べて帰っているのだろう。 「この店の定休日はいつなんですか?」 私は興味が湧いてマスターに聞いてみた。 「定休日は奇数週の水曜です。他の日は基本的に夜19時から朝5時までやってますよ。ラストオーダーが4時なので、誰もお客様が残ってなければ4時で閉めている時もありますが・・・」 「そうなんですね。また、私も来ますね」 「ええ、いつでもどうぞ」 「マキ!また来ようね。ここ、アルバイトの男の子もカッコイイし、女の子のスタッフも可愛いいしね〜。あ!マスターもカッコいいですよ!!」 ユウコが慌ててマスターの事も褒める。 「ハハハ。ありがとうございます。お褒めに預かり光栄です」 大袈裟にマスターが会釈をする。 「マキさん・・?ですね。今後共よろしくお願いします」 改めてマスターがお店の名刺を差し出してくれた。 私も自分の名刺を出して、また来ますと約束をした。 「さ〜、そろそろ帰ろっか!マキ、明日も仕事でしょ?」 「そうなんだよね〜。明日土曜なのに、仕事なんだよね〜・・・はあ・・・・」 「まあ、こんな時は、ばりっと仕事して忘れるのがイイよ!さ!帰ろ!マスター、チェックお願いしまーす!」 ユウコがニコッと笑って、私の背中をパンと叩いた。 タクシーに乗って家に帰る。 さっきのお酒で少し憂さ晴らしができた。 持つべきものはやっぱり女友達かもしれない。 ユウコはいつも私の背中を押してくれる。同時に背中を撫でてもくれる。やっぱり親友。 あのバーのマスターもカッコよかった。ダンディーな雰囲気の落ち着いた人。少し騒いでいた私達にも嫌な顔をせずに付き合ってくれた。 私にくれたバーの名刺を改めて見る。 バー”Bitter”. それにしても、あの隣に座っていた中年の男。 わけわかんない事言っていた。 サーカスの象・・・。 なにそれ?よく考えたら失礼なんじゃない? モヤモヤしたが、もう今日はこれ以上なにも考えたくない。 明日は仕事だ。 化粧を落として、二日酔いにならないように水をたらふく飲んで寝る事にした。 きっと明日の朝、顔パンパンに浮腫んでるんだろうな・・・ なんて思いながら。
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