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1 序章
「君はまるでサーカスの象だな」
隣に座っている見知らぬ中年の男にいきなり言われた。
「え?」
「サーカスの象だ」
「象?エレファント?」
「わからないのか・・・ふん。なら、言う事はもう無い」
そう言うとこの男はクレジットカードを出し、会計をして出て行った。
「何あれ・・・。いきなり何よ」
さっきまで気分良く酔っていたのに、見知らぬ男の一言で一気に酔いが覚めた。
「何?どうしたの?」
手洗いに立っていた友達のユウコが帰ってきた。
「さっきこっちに座ってた男に象だって言われた」
「は?ゾウ?ゾウってエレファント?それともスタチュー?」
「エレファントの方。意味わかんない」
「エレファント?大きいって意味?それとも可愛いって意味?」
「わかんない。サーカスの象だって言われた」
「サーカスの象?器用だってこと?芸達者とか?」
「んーー・・・良い意味で言われた気がしないんだよね・・・」
「なにそれ?!全然意味わかんないから話題変えよ!さ!乾杯乾杯!!」
ユウコは楽観的で明るいキャラの女の子よろしく、手にしたグラスを私の前に差し出してきた。
「ほら!!乾杯!!!グラス持って!」
半ば強制的にグラスを持たされて乾杯をする。
「で、さっきの続き、愚痴聞くよ!元彼の話!」
そうだった。
今日はユウコにこの前あった、嫌な事を聞いてもらう為に呼び出したんだった。
そのまま話の続きを聞いてもらう。
実は1年前まで同じ会社の先輩と、こっそり付き合っていた。何故こっそりだったかというと、彼がそれを望んだからだった。まあ私は職場の仲間に交際宣言して色々詮索されるのも面倒だったからそれで良かった。
というのも、私が勤める会社には女性社員が少ない。私が所属している部署は私と、所謂お局様と呼ばれる女性しかおらず、このお局様はちょっと前に離婚したばかりだそうで、恋愛話はタブーだと噂を聞いていたから。まあ、色々詮索されるのも面倒だったし、同じ部署の男性職員は殆ど妻帯者だから、そんな浮いた話を会社でするような空気ではなかった。
元彼は違う部署で働いていたから、会社では休憩時間くらいにしか姿を見なかった。
まあ、彼は営業部だから出張も多いし外回りが多い。だからそもそも会社では姿を見ることは少なかった。
そんな彼と知り合ったのは、大学4年の時。入社が決まってもうすぐ大学を卒業する頃だった。偶然参加した合コンで知り合った。その時はまさか自分が入社する会社の人だなんて思ってなかったから、付き合いだして会社名を聞いた時は驚いた。彼もまさか同じ会社だとは思ってなかっただろうから、尚更こっそり付き合うことにしたのだと思う。入社してきた数少ない女性社員と付き合ってる・・というのも色々詮索されそうで、面倒だと思っていたのだろう。
付き合いは3年続いた。結構上手くやってたと思うし、別れるなんて当時は思ってもいなかった。
だが、彼はアメリカ勤務の希望を出し、あれよあれよという間にその通りになった。
海外勤務になれば3年は帰ってこない。長ければ10年だ。
私は彼が海外勤務の希望を出していることも後で知ったし、それが決まった事も後で知った。
彼は私より5歳年上だったから当時30歳。
ひょっとしたら結婚とか考えてるのかな・・・?なんて思っていたが、正反対の事を考えていたようだった。
『まだまだ自分を試したい』
そう言われては、もう何も言えなかった。
それに、『俺には結婚願望がないから、もし結婚したいと思うなら、俺と付き合うのはやめたほうがいい』なんて、あっさり言われてしまった。ここまではっきり言われて、ショックではあったが、正直、もうどうでも良くなってしまった。だって、私の方なんて全く見ていないのだもの。
それに、海外に出て挑戦したい気持ちは、私も少しわかった。
今の私の会社の部署ではあり得ないのだが、私も実はしたい事がある。
今は全然それで勝負できるような状況ではないが、いつかは!と学生の時は思っていた。
だから彼の気持ちはわかった。しかも3年も付き合っていたのだから、性格もなんとなくはわかる。彼の背中を押す形で、私たちはあっさり別れた。
なのに!!!!
海外に彼が渡って1年。
なんと、国際結婚をしたのだ。
『結婚に興味がない』なんて言っていた彼だったのに、1年で結婚。
しかも現地の社員さんで金髪美女らしい。
社内の若い男性社員はその噂で持ちきりだった。
1年前まで私と付き合っていた事を会社の人は知らない。
だから、良くも悪くも彼の馴れ初め話や結婚の話が全て耳に入る。
正直やってられない気分だった。
そんな話をユウコに聞いてもらっていたのだ。
「でもさ、金髪美女って言っても、ほんとに美女かどうかなんかわかんないじゃん!私、前バイトしてたクラブにニューヨーク出身っていう外国人の女の子いたけど、私らが思ってるニューヨーク・マンハッタンじゃなくって、ニューヨーク州の超端っこ出身の田舎者だったよ?だから本当に会ってみないとどんな女かなんてわかんないじゃん!イメージで皆言ってるだけかもしれないっしょ!マキはいい女なんだからもっと自分に自信持って!過去の男が結婚したからって、人生終わったわけじゃないんだから!!次々!!良い男はごまんといるって!!」
「まあ、そうだけど・・・」
「それに、マキも海外出て挑戦してみたいって言ってたじゃん!そっちの夢は??いいわけ??」
「うぅ・・・・・・だけどさ・・・なんかムカつくじゃん。私には結婚願望がないなんて言っておいて、一年で結婚って。なんかムカつく」
「それはわからなくもないけど・・・そういう男だったってわけだから、言っても仕方ないよ」
「・・・・わかってる・・・・あーーーーー!!!!でもムカつく!!!」
ぐいっとグラスに残っていたお酒を煽った。
「そうそう!こんな時は飲んで忘れよ!」
「そうする・・・」
「さ、もう一杯のも!!マスター、何か彼女にお酒をください!」
カウンター越しに優しく笑っている落ち着いた雰囲気のイケメンのマスターが畏まりましたと言って、グラスを下げていく。
「マスター!私はいつものカミカゼ!!カミカゼください!!」
ユウコも空いたグラスを掲げて、マスターにオーダーした。
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