花と蕾

27/31
125人が本棚に入れています
本棚に追加
/31ページ
「茉央、緊張してる?」 悠理と触れ合った日から幾日が経ち、今日は七緒と2人きりでの仕事が入っている。 映画の関係で3人での仕事が主ではあるが、最近は単独での仕事の他に悠理と2人の仕事もあれば七緒と2人の仕事もちらほら貰えるようになってきた。 映画に出るとはいっても、茉央はまだまだ無名に毛が生えたくらいのひよっこだ。それでも、こうして仕事を貰えるようになったのは本当に有り難い事だなとしみじみ感じている。 今日はチョコレートのCM撮影。CMの仕事は初めてなので緊張が顔に出ていたらしく、七緒に顔を覗き込まれて思わず溜息を吐いた。 「う……なんか、CMの撮影っていつもと雰囲気違って緊張する…」 「あー、まあ確かに。意外とスタッフも多いし、何パターンか撮るのに1日しか猶予ないしね」 「…うん」 「ま、なんとかなるって。茉央、なんやかんや本番に強いタイプじゃん」 本当に、随分七緒は変わったなと思う。 あたりが軽くなったし、多少口は悪いけれど何だかんだ優しい。 今だって、楽屋で待機しつつ緊張に苛まれている茉央を励ましてくれている。 七緒の優しさを噛みしめつつ深呼吸をすると、メイクさんに呼ばれて七緒と共に一旦楽屋を後にした。 ヘアメイクをしてもらいながら、今頃悠理は何をしているのだろうかとぼんやりと考えた。 今日悠理は、一人で映画の撮影に臨んでいるはずなので多分撮影中かもしくは丁度休憩中かもしれない。 ――あの日。悠理と触れ合った日。かつてないほどの幸福感を味わった。 互いに果てた後、七緒が帰宅するまでキスをしたりハグをしたり、兎に角終始くっついて過ごしていたような気がする。 最後まで致す事はできなかったが、初めての他者との性的な触れ合いは自分でするのとは比にならない程に気持ちが良かった。 次は絶対に最後までしたい。 きちんと準備をして、そして悠理に自分の奥深くまで貫いてほしい。 「終わりましたよ〜」 「……っえ、あ、はい!ありがとうございました」 呆けながら如何わしい事を考えていたら、いつの間にかヘアメイクが終わったらしくビクッと肩を震わせてしまい、自分に苦笑いを零す。 メイクさんにお礼を言って、撮影スタジオへと向かったのだった。 ―――― ――― ―― 「とろけるような甘さ」 「優しい口溶け」 「「僕らと一緒に甘い時間を過ごそう?」」 「――OK!2人ともいい感じ!チェックするからちょっとそのまま待機してて」 チョコレートの甘い香りが広がるスタジオ内は、赤とピンクを基調に可愛らしいセットが組まれている。 所謂、"映え"そうな雰囲気だ。 七緒が言っていた通り、本番に強い茉央は、緊張していたのが嘘かのように難無く撮影をこなしている。 そんな茉央に七緒はクスッと笑った。 「ふふっ」 「どうしたの?」 「いや…あんなに緊張してたのに、やっぱりさらっとこなしちゃうからさ」 「えー?今も内心ドキドキしてるけど。でもなんか、スタッフさん達皆優しいし意外と上手くできたかも。七緒もいるしね」 現場の雰囲気がいいと仕事をしやすいし、何より知り合いが一緒にいてくれるのはとても心強い事だと茉央は思う。 もし、今日一人で撮影に臨んでいたとしたら、初めてのCM撮影にドキマギして上手くいかなかったかもしれない。 「はぁ……ああもう、ほんと。茉央のそういうとこ…!!」 「うん?」 「いや……何でもない。こっちの話」 何故か急に溜息を吐く七緒に、茉央は首を傾げた。 最近七緒は、たまにこういう事を言い出すので不思議で堪らない。 何か気に触るような事でも言ったのかとも思ったが、そうでは無いらしい。 「茉央、七緒くんー!次、ちょっとセット弄る事になったみたいで少し時間あくからこっちきて休憩にしよう」 眉間に皺を寄せて何かを考え込んでいる七緒を不思議そうに見ていたら、スタジオの端にいた富樫に呼ばれてそちらへ歩みを進めた。 先日、目出度いことに富樫が茉央の専属マネージャーになる事に決まった。 事務所の社長が、『茉央の仕事も少しずつ増えてきたし、そろそろ専属マネージャーがいたほうがいいかもしれないな』と言ってくれたので茉央自ら是非富樫にお願いしたいと申し出たのだ。 富樫はふたつ返事で承諾し、社長からの許可も得て、晴れて富樫が専属マネージャーになったのだった。 「チョコレートいっぱいあるから食べきれなかったら持って帰っていいってさ」 簡易テーブルに山積みに並べられた今回のCMのチョコレートを指差して富樫が言った。 シリーズの定番商品である、ホワイトにミルクにビター。それから今回の新作であるカシス&チェリー。 先程撮影中に茉央は、新作のチョコレートを食べたがとても美味しかったので持ち帰れるのはとても嬉しい。 「それにしても、2人ともいい雰囲気だったよ。茉央と七緒くんは見た目は全然違うのになんと無く良いコンビだよね。バランスがとれてるっていうかさ」 「あ、それ私も思います!勿論、悠理くんとのセットや3人での雰囲気もいいんですけど、七緒茉央コンビいいですよね!」 七緒と共にパイプ椅子に腰を掛け、早速チョコレートを摘み食いしていると、富樫と七緒のマネージャーである湯路(ゆじ)がテンション高めに話を始めた。 「七緒茉央ユニット組んじゃいますー?」 「それいいですね!絶対売れますよ!」 「ちょっと、湯路さん何言ってんの。富樫さんも」 富樫と湯路が盛り上がっていると、茉央と共にチョコレートを食べていた七緒が呆れたように割って入る。 茉央としては、与えられた仕事ならば何でもこなしたいがユニットとは、これまた非現実的だなとは思う。 七緒は可愛らしい容姿をしているからアイドルでも通じると思うが、自分はどうみてもアイドルに向いているとは思えないし、想像もつかない。 「えー?駄目かなー?」 「駄目っていうか、非現実的すぎますって」 「そんなこと無いよね茉央くん?」 急に茉央に話を振る湯路は、爛々と目を輝かせている。 そんな湯路に茉央は困った様に笑いながら言葉を返した。 「え…っと、俺も正直非現実的だなって思います。七緒は可愛いからアイドルでもいけるだろうけど、俺はちょっと…。アイドルって顔じゃないですし」 茉央の言葉に、何故か七緒はまた微妙な顔を浮かべていたが、富樫と湯路は『えー』だとか『絶対売れるのにー』等とぼやいていた。 その後、間もなく撮影が再開し、茉央にとっての初めてのCM撮影は滞り無く幕を閉じたのだった。
/31ページ

最初のコメントを投稿しよう!