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年末に向けて忙しく日々は過ぎて行き、クリスマスは撮影の後で各々のマネージャー達も一緒に3人が住む部屋でささやかなクリスマスパーティを催した。
ノンアルコールのシャンパンを飲んで、ケーキやチキンを食べて。夜はこっそり、悠理と2人でプレゼント交換もした。
茉央は悠理にマフラーを渡したが、まさかの悠理からのプレゼントもマフラーで。2人で笑いあった幸せな一時。
そんな幸せな時間を過ごしてから、ラストスパートをかけるように怒涛の撮影スケジュールをこなし、昨夜は幸人のグループのライブを見に行って楽しく年を終えた。そして迎えた新年。
今日、茉央と悠理は2人で茉央の実家へ訪れていた。
「おかえり茉央。悠理くんもいらっしゃい。2人とも寒かったでしょう?早く上がって暖まって」
事前に、家族には悠理を連れて行く事を電話で話しておいた。
恋人だとは伝えていないが、"大切な人"だと言ってある。
悠理は今朝からとても緊張している様子で。道中は終始そわそわしていたようだったが、スマートに母に手土産を渡す姿は相変わらず格好良くて思わず見惚れそうになる。
こうして本当に茉央の実家へ来てくれた彼の優しさがとても嬉しい。
大切な家族に大切な人を紹介できるなんて夢のようだなと思いながら、久しぶりの実家へ足を踏み入れたのだった。
「初めまして、砂野悠理と申します。新年早々、折角の家族水入らずのところにお邪魔してしまってすみません」
リビングに入ると、父と姉が笑顔で出迎えてくれた。
そんな2人に対して、悠理は礼儀正しく挨拶をし深々と頭を下げる。
「ご丁寧にどうもありがとう。茉央の父のローマンです。こちらは妻の弥生でこっちは娘の花音です。狭いところだけど、ゆっくりしていってね」
茉央の父ローマンはイギリス人だが、親の仕事の都合で10歳から日本で育った為、日本人と忖度無いくらい日本語が流暢だ。
容姿は完璧に英国人だが、今では逆に母国語の方が苦手だと以前笑いながら話していた。
簡単に挨拶を終えて、リビングのソファーへ腰を掛ける。テーブルには母が用意してくれた珈琲とお茶菓子が並べられていた。
茉央と悠理は二人がけのソファーに座り、対面のソファーに両親。誕生日席の位置にある一人がけのソファーに姉が座った。
姉はアイドルやイケメンに目が無いので、悠理を見て騒ぐかと思っていたが、どうやら猫をかぶっているらしく。
お淑やかなふりをして鳴りを潜めているようだ。
とはいえ、悠理を見つめる視線は、まるで飢えたハイエナのようだなと思い思わず身震いしてしまったのは致し方ない事だろう。
「―――あのさ、」
家族と悠理が、仕事はどうだとか学校はどうだとか他愛のない話をしている中で暫く黙っていた茉央が唐突に話を切り出すと、全員の視線が茉央へと集中した。
数日前から、ずっと考えていた。どのタイミングで自分達の関係を話そうかと。
去り際にさらっと伝えた方がいいんじゃないかとも思ったが、できればきちんと話したいし、こういう大切な事は早めに話しておいた方がいいんじゃないかと思ったのだ。
茉央は小さく深呼吸をすると、隣にいる悠理を一見し、家族の方に視線を向けた。
「えぇっと…多分、ビックリするかもしれないんだけど皆に話したい事があるんだ」
突然の茉央の真剣な様子に、それぞれ戸惑いつつも頷いた。
悠理は、茉央よりも緊張しているようで、膝の上で掌をぎゅっと握り締めていた。
そんな彼の手の上に、自分の手をそっと重ねる。
「…実は俺、悠理とお付き合いしてます。お互い芸能人だし、男同士だし…色々大変な事もあるかもしれないけど真剣なんだ」
先程までの穏やかな空気が嘘だったかのように、シーン…と静寂に包まれる。
皆、とても驚いているようだった。
それはそうだろう。いきなり息子から同性の恋人を紹介されたら多分大多数の人は驚く筈だ。
茉央は思わず悠理に重ねた手をぎゅっと握りしめた。すると、今度は悠理が口を開く。
「突然驚かせてしまってすみません。……まだ付き合いだして日は浅いですが、俺はこれから先も茉央と一緒に歳を重ねていきたいと思っています。茉央の言う通り、これから先色々な事があるかもしれません。でも、2人で一緒に乗り越えていきたいと思っています」
しっかりとした口調で言葉を紡ぐ悠理の姿は、とても凛々しかった。
付き合いだしてまだ半年にも満たないが、それでもこの先の人生に悠理以外と歩く道は想像出来ない。
お互いにとって、かけがえのない唯一無二の存在。
二人の言葉を聞いて暫く黙り込んでいた父は、眉間を指で揉むようにしてから真剣な表情を浮かべて口を開いた。
「……2人とも本当に覚悟はある?関係がバレてしまったら、最悪の場合、芸能界にいられなくなってしまうかも知れないよ?他にも色々辛い事や大変な事が沢山あるかも知れない。昔より同性愛に寛容的になってきたとはいえ、現実はまだまだ少数派な事は否めない。それでも乗り越えていく自信はある?」
父の言葉に2人はしっかりと頷いた。
―――覚悟は出来ている。
ローマンの言う通り、もしかしたら世間からバッシングを受け、芸能界から干されてしまう可能性だって有り得る。
今まで芸能界で必死に藻掻いてきたし、やっと芽が出てきた矢先だ。できれば最後まで芸能界で這い蹲って生きていきたい。
けれど、悠理と一緒にいられないのなら何の意味も無い。
そう思える程に、茉央の中で悠理という存在が大きく占めている。勿論それは、悠理も同じだった。
「……そうか。正直、驚いた。驚いたけど…僕は2人の気持ちを尊重するよ。ママと花音はどうだい?」
「私も正直驚いたわ……でもね。私はね、いつだって子供達の味方でいたいって思っているの。だから、茉央が幸せなら何も言う事はないわ」
「私も異議無し!寧ろ、こんなイケメンな弟ができて嬉しいし。茉央グッジョブ!」
「花音ったら、ほんとやあねぇ」
……この家に生まれてこれて本当に良かった。
誰一人として、否定もせず咎めたりもしない。
あるのは、優しさと暖かさだけだ。
きっと、自分の家族ならば受け入れてくれるだろうとは何となくぼんやりと思っていた。けれど、実際こうして受け入れてもらえると何とも言えない感情が湧き上がってきて、思わず涙腺が緩んでしまう。
そんな茉央の肩を優しく支えながら、悠理は茉央の家族に向かって深々と頭を下げた。
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