花と蕾

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あっという間にデートの日はやってきた。 昨晩は中々寝付けなかったのにも関わらず、7時に目が覚めてしまった。待ち合わせの時刻まで4時間もある。 悠理は木曜日と金曜日は学校に来ていたが、相変わらずクラスメイト達の餌食になっていたので殆ど話していない。 同じ芸能人だとしても皆、今をときめく若手俳優の存在が色んな意味で気になって仕方がないのだろう。 直接話す機会は皆無だったが、LIMEは毎日きているので悠理とのやり取りに大分慣れてきた気もする。 けれど、それと同時にやっぱり夢ではないのだとじわじわと実感が湧いてきているのも事実だった。 この数日、茉央は気が付くと悠理の事について考えてしまっている。 よくよく考えたら悠理はあの日屋上で『お試しでいいから付き合ってもらえませんか?』と言っていた事を思い出した。 それに対して、茉央は特に何も答えていないが今自分達の関係は一体何なんだろうかと逡巡する。 まさかお試しで付き合ってる事になってるとか? ベッドに寝転んだまま、うだうだと思考を巡らせていたらいつの間にか時刻は9時を過ぎていて慌ててベッドから起き上がりシャワーを浴びて準備を始めた。 服は昨晩選んでおいたシンプルなオーバーサイズの白Tシャツに黒のスキニーパンツ。それと黒のキャップを被ってマスクを装着すれば完了。 基本的に茉央は、シンプルな服装を好んで着ているので柄物や派手な物は殆ど持っていない。 悠理は、どんな服装が好きなのだろうか。 シンプルなものか、それとも派手なものや個性的なものが好きなのだろうか。 彼なら何でも着こなせてしまいそうだなと茉央は思った。 マンションを出て最寄り駅から電車に乗りこみ、電車に揺られている間そんな事を考えていたらいつの間にか森宿駅へ辿り着いていて今にも閉まりそうになっているドアから慌てて飛び降りた。 尻ポケットからスマホを取り出し時刻を確認すると、待ち合わせの20分前だった。 少し早く着きすぎたかなと思いつつも、遅刻するよりはましだと肯く。 「――ごめん、待った?」 手持ち無沙汰で適当にスマホを弄りながら待っていると、後ろから肩を軽く叩かれて振り向く。 振り向いたと同時に思わず目を瞠ってしまった。 悠理の服装が、白いTシャツに黒のスキニーパンツだったからだ。悠理は変装の為か、深めの黒いハットに洒落た丸眼鏡とマスクをしているがそれにしたって…… 「あれ?なんかペアルックみたいだね」 まさしくペアルックのような服装だった。 茉央は内心、物凄く動揺しているがこんなシンプルな服装だったら被ることもあるのかもしれないよなと思い込む事にした。だって、そう思うしかないしそうでしかない。 「…砂野くんもシンプルな服装好きなの?」 「うーん、俺は色々着るかな。柄物も好きだし派手めなのも好き。でも今日は何となくシンプルな気分だったんだよね。そしたらまさかのペアルックみたいになっちゃって、何かテンション上がる」 こんな微妙な偶然にさえテンション上がるなどと発言ができる悠理のポジティブさを見習いたい。 どちらかというとネガティブな茉央には難しい所業だ。 「さて、どこ行こうか。伊澤くんはどこか行きたいところとかある?」 「いや…砂野くんに任せる」 「そ?じゃあ、とりあえずご飯食べに行ってもいい?朝ごはん食べ損ねちゃってさ。朝っていうかもう昼だけど」 「いいよ。俺も朝ごはんまだだったからお腹減ったかも」 「おっけー。じゃあどっか適当にすいてそうな店入ろう」 悠理の言葉に頷いて、2人並んで歩き出す。 普段から森宿駅は若者たちでごった返しているが土曜日は更に凄い。 見渡す限り、人人人。 こんなに人がいるところに売れっ子俳優がいても大丈夫なのかと悠理に尋ねたら、『木を隠すには森の中的な』と言われて茉央は妙に納得してしまった。
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