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2人はカフェでの食事を終えて、松下通りをあてもなく歩きながら時折気になった店に入って服を見たりして過ごした。
悠理が言っていたとおり、木を隠すなら森の中というのは間違いないようでチラチラと視線を感じはしたものの『まさかこんなところに砂野悠理がいるわけないよね』といったかんじで騒ぎになる事はなく楽しく過ごせた。
「あ、ごめんマネージャーから電話だ」
松下通りを抜けて、さて次はどこに行こうかと話していたところで富樫からの着信があった。
茉央は悠理に断りをいれて、通行人の邪魔にならないよう歩道の端により応答のボタンを押す。
「――お疲れ様です、富樫です。今大丈夫かな?」
「お疲れ様です。大丈夫です、どうしました?」
「月曜日に受けてもらったオーディションあるじゃない?」
「あーはい。連ドラの」
「そうそう」
もうオーディションの結果が出たのだろうか。…やはり落ちたのだろうか。
いや、こういうネガティブ思考は駄目だ。さっき前向きに頑張ろうと決めたばかりじゃないかと茉央は早速卑屈になりそうな自分に言い聞かせる。
もしかしたら受かったという報告かもしれないしと思いつつ、引き続き富樫の話に耳を傾けるとまさかの内容に思わず慄いてしまった。
「連ドラのオーディションの方は残念ながら縁が無かったんだけど、連ドラのキャスティングしてる田尾さんっていう方がね、今秋くらいから撮影を始めるボーイズラブの映画のキャストを探していたみたいで。この前のオーディションで茉央を見た瞬間この子だって思ったらしいんだ」
「………え」
富樫の言葉を脳内で反芻する。
連ドラのオーディションには落ちた。落ちたけど、映画に出れる……?自分が?
茉央は信じられないという気持ちでいっぱいだった。
田尾という人は、確かにオーディションの審査員席に居た。
長いパイプデスクに白い紙で審査員の名前が垂れ幕のように貼られていたから目にした記憶がある。
特に田尾と会話等はしていないが、今思えば何度か目があったような気もする。
「主演は砂野悠理くん。で、残りの主要キャスト2人のうちの1人が茉央だよ。茉央、砂野くんの演技好きだって言ってたし本当によかったな!で、急で申し訳ないんだけど詳細話したいから今から事務所に来れたりする?」
「いや…あの、えぇっと」
「無理そう?」
無理というかなんというか。
思わずチラリと悠理に視線を寄せると、悠理はマスクをずらし口パクで『どうした?』と聞かれた。
茉央は取り敢えずスマホのマイク部分を押さえて、手短に悠理に経緯を伝える。
「いや、さっき悠理が言ってたボーイズラブの映画に俺もキャスティングされたみたいで今から事務所にこれないかって電話なんだけど…」
「え!ほんと?凄いじゃん!俺の事は気にしなくていいから行っておいで」
悠理は、まるで自分の事のように喜び、嫌な顔一つせずそう言ってくれた。
「茉央?」
「あ、富樫さんお待たせしてすみません。実はいま悠理と森宿で遊んでて、悠理に一応了解取ったので今から向かいますね」
「え?今、砂野くんと一緒なの?いつの間に仲良くなったのか凄く気になるけど……まあ、それなら話が早いや。実は砂野くんのマネージャーも急遽今からうちの事務所に来る事になってね。だから大丈夫なら砂野くんも一緒に来てもらえるように言ってもらえる?」
「!そうなんですか。わかりました。悠理に伝えて、一緒に向かいます」
「うん、宜しく!砂野くんのマネージャーさんには僕から連絡しとくから気をつけて来てね」
富樫の言葉に相槌を打ち、そこで通話は終了した。
隣で待っていてくれた悠理に事の経緯を伝え、富樫からの伝言も伝える。
まさかこんな展開になるだなんて、茉央にとっては夢のようだった。いつか悠理と共演できたらなとは思っていたけれど、それがもう叶ってしまうだなんて。
「ちょうど今から悠理のマネージャーさんもうちの事務所に来るみたいで、良かったら悠理も俺と一緒に来てほしいみたい」
「まじか!了解。たしか茉央の事務所って学校の最寄り駅の近くだよな?」
「そうそう」
「いやでもまさか、さっき話してた事がこんなにすぐに実現するなんて。やっぱり運とかタイミングとかってあるんだよな」
本当にそうだなと茉央は肯いた。
悠理の言う通り、運とかタイミングとかそういうものは確かにあるのかもしれないと思わざるおえない。
詳しい事は富樫に聞いてみないと分からないが、自分が主要キャストに抜擢してもらえる日がくるだなんて。
折角貰えたこのチャンスをしっかり掴んでものにしたいと茉央は強く思った。
固く閉じた蕾を芽吹かせたい。
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