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あちらの世界
「はい、ドーン!」
うるっさ…
視界一杯に男の顔がうつる。
なんなのもー。早く寝かせてよもう…
「話しかけてるのにシカトするから連れてきちゃった」
てへ、じゃねーよもー。
男の顔でやめろよ…
ため息をもらしながら、右手をついて立ち上がる。
何このふわふわした感じ。
ぬいぐるみの中身みたいな、綿が敷き詰められてるのか?
「もー、なんですか?僕寝る支度してたんですけど!」
半ば怒り気味で押したら、男は少しひるんで
「いや、そんなに言うことなくない?」
ってちょっと後ずさった。
「ていうか、ここに居る間は、あんたの世界の時間止まってるよ。だから明日の仕事は気にすんなよ」
あ、そうなの?ならいいわ。
休めるなら全然いいわ。
「あー、そうなの?じゃあ漫画貸してよ」
読むから、と言ったら、男は
「それは無理だわ。はっきり言っとくわ」
と言った。
「漫画とか娯楽類はあんたの世界にあるじゃん。こっちなんもないから。勘違いすんなよ」
いや、強気!腹立つ!
しかも何もないんかい!つまんな!!
「じゃあ何しろっていうの!?」
時間止まってるんならこのままなわけ?
無理無理。監獄じゃん。
「だぁかぁらぁー、話を聞きなさいバカタレが!あっちを見てみぃ!」
男が指さす方向を見ると、階段があった。
砂のような小さな粒で出来てるようで、サラサラと少しづつ崩れている。
「はい、見た。なに」
「本当、あんたって無愛想だよなー。オリジナルがこれだとコピーは困るんだよ?」
オリジナルとかコピーとか言われましても…
シラケた目で男を見る。
「あれ、あんたが人生の岐路に立つまでの時間。あれが崩れたら人生一変するから。それを忘れてないよね?っていう確認」
はぁ…
そうなんですか…
そう言われましてもねぇ。
階段はあと3段とちょっと。
ちょっとっていうのは、砂の粒があとどれだけ持つのか知らないから、とりあえず"ちょっと"ってこと。
「ひとつ年齢を重ねると、1段減るから。まぁ…正味あと3年半ぐらい?4年以内には無くなる感じだね」
すっごい他人事!
ていうか、言われてもそうなる証拠がないし。
信じろって言う方が僕には難しいわ。
ぼけーっと階段を見てたら
「すっごい現実感のない顔してるけど、いずれわかるよ。忠告したからね?」
「あぁ、はい…アリガトウゴザイマス?」
「うっわ、心こもってないじゃんー、要らないし。そんなありがとうなんて」
はぁ…
でもってこの人誰?
僕のコピーって名乗ってるけど、本当なの?
「お前は誰だ!」
どうせなら、とドラマの決め台詞っぽく問い詰めてみたら
「信じてないの~?それも含めていずれわかるよ」
うわー、つまんなー。
いずれいずれって、いまわかることはないんかい!
「いまわかることはないんですか」
「いまわかることはあれじゃん、階段じゃん。さっき言ったろ?」
あぁ、そうですか。言い張りますか。
もう得られることはなさそうです。
「まぁ、話は以上だから。…帰る?」
滞在時間、体感で十数分。
不確かなこれだけのために呼ばれたわけー?
ちょっと気安くありませんかー?
娯楽類ないしなぁ…帰ってもいいんだけどさぁ
「ここに居れば時間止まってるんでしょ?じゃあ階段もあのまま削れていかないってことじゃん」
じゃあ居た方がいいってことになるよね、って
男に聞いたら
「まぁ、そうだね」
って適当な返事が返ってきた。
「ただ、僕が困るから。いつまでもオリジナルがここに居たら邪魔じゃん。はっきり言って邪魔じゃん」
「2回も言うなよー!僕にとっては仕事も休めるし好都合なんですけどー!」
「そもそも、こっちに呼んだのは僕のタイミングなんだから、帰るのも僕が決められるんだよ。さぼってないでちゃんと考えてよ」
あー、まぁそうか。
じゃあ無駄な抵抗は止めるか。
聞き分けはいい方だからな。
「はぁ、じゃあいいや。はい。戻して」
「切り替え早いね~。嫌いじゃないよ~。それでこそ僕のオリジナル!」
いや別に言い方なだけで褒められた気はしないけど。
とりあえず帰してくれるらしいです。
「またね~」
と呑気な声がして、また立ちくらみがした。
なんか右半身が冷たいなー、と感じて目を開けたら、自宅の洗面所だった。
タオルが隣に落ちていた。
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