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数段先は
初夏の風が吹く、少し汗ばむ日だった。
今日に限って外回り。
スーツのジャケットがマジで暑い。
大通りに面した得意先の会社は、駅に行くには信号を待たないといけなくて、不便だ。
近くに日陰もないし…
さっさと駅に向かいたい。
ここで立ち止まってたくない。
チラッと見たら歩道橋があった。
涼しい季節は、信号を待っていたけど、今日みたいな日は無理だ。
あー、面倒臭いけど歩道橋渡るかぁ…
結構階段が長いのよ。
あーあーあーあーあー。
ネクタイを緩め、ジャケットを手に持つ。
あと4段くらいで渡り終える時だった。
社用携帯が鳴った。
ジャケットが邪魔でカバンから出せない。
カバンの取っ手が時計に引っかかる。
取っ手越しに振動が伝わる。
ああ!もう!急かさないでよ!
「あ!」
と聞こえた瞬間、体が宙に浮いた。
すぐに痛みが走って、視界がぐらついた。
僕の顔を心配そうに覗き込む男。
何か言ってる?
何も聞こえない。
そのまま、何も見えなくなった。
「あぁ、階段が崩れるのは今日だったんだね」
聞いたことのある声がする。
普段喋ってる時と似た声が。
そうか、あいつか。コピーか。
階段って、本当に階段だったんだな。
僕、死ぬの?
目を開けたら、なんとなく見た事のある場所だった。
綿が敷き詰められてる、場所。
「やぁ、気分はどうだい?」
「いや、悪いけど…」
「今日であんたの役目は終わりました。前に忠告したでしょ?その日が来ました。オメデトウ。無事に終了です」
「どういう意味?」
「もう、あんたは戻れないって言う意味。これからはコピーとして、こっちで頑張ってね」
「え?じゃあお前は…」
「今度は僕がオリジナルになる番だよ。あんたになるとは限らない。…言ってること、わかるよね?」
肉体がないとオリジナルにもなれないでしょー、とケラケラ笑う。
そういうことか…
どうやら、人生が一変してしまったらしい。
「早く僕を"帰して"くれない?」
ああ。それは僕の役目になるのね。
周りを見渡した。把握するには充分。
ここはシンプルな作りだった。
にやり、と笑って
「あの階段見てよ…帰るのはそれから、かな」
と男に伝えた。
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