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悪夢の再現
―――吉野一家の交通事故。
その現実を受け入れるには四才の俺は幼すぎて、病室の光景の意味の半分も飲み込めないまま、変わり果てた姿でベッドに横たわる友達を前に、ただ立ち竦んでいた。
手を引かれ、半ば強引に傍に連れて行かれても、それがあの元気一杯で明るく笑うみーちゃんとは到底思えなかった。
なのに母さんの、「おじいさんの田舎に行く」という言葉と、「さよならしましょう」という言葉だけは、理解可能な言葉として、異様に鮮明に頭の中に入ってきた。
別れの予感はあまりにも突然で、それなのに明日からの淋しさをいとも容易く心の中に植え付けた。
「いつ帰る?」
そう聞いたのは、元気になれば戻ってくると信じて疑わなかったから。
答える代わりに頭を振られ、「じゃあ」と続けた。
「僕も一緒に行く!」
それは、すごくいい事に思えた。
口数も少なく、笑い声もない自分の家より、みーちゃんと一緒にいる方が何倍も楽しい。
みーちゃんの目が覚めたら、また二人でいっぱい遊べる。
そう思い期待を込めて見上げた先に、これまで見せたことのない母さんの、哀しみを湛えた双眸が……今にも零れ落ちそうな涙があった。
それを見ただけで、今の言葉を消したくなった。
自分の思い付きで母を悲しませた、その事への後悔と、疑いようもないみーちゃんとの別れ。
自分にとってかけがえのない二人の存在が、形のない刃となって突き刺さる。
思い通りにはいかない現実を突きつけられ、息が出来ないほど苦しくなって……
おじいさんに呼び掛けられるまで、成す術もなくただ泣き続けていた。
『嫌だ!』と、『連れて行かないで』と、なりふり構わず縋りつけなかった。
本心を隠したのは自分。
あの時、もっと素直に気持ちをぶつけていたら。
物分りのいい子供になったりしなければ、大切なものを失わずに済んだのか?
今更自問自答してみても、答えなど出るはずもない。
ただ一つ、思い知らされた事がある。
瑞希の内にある苦しみを、俺は……永遠にわかってやれない。
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