ふたりぼっちのスイート・タイム

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ふたりぼっちのスイート・タイム

「あっ」  小さな声が上がった。なんだろう、と思って僕が見ると、文芸部の後輩である生駒美屡(いこまみる)が自分の筆箱の中を覗いて悲しそうな顔をしている。黒髪のボブカット、いかにも清楚なお嬢様といった雰囲気の彼女は、現在この文芸部で僕以外の唯一の部員と言って良かった。  元々は先輩達が数名いて、そこそこの規模だった文芸部。三年生が抜けたら、二年生の僕と一年生の彼女の二人だけになってしまったのである。広い部室は、今日も僕と彼女の二人だけで独占している状況だった。今日もそれぞれ部誌(二人しかいないのでめっちゃくちゃ薄いが)を出すためそれぞれ構想を練ったり、下書きをはじめたりという作業をしていたのである。  鍵は部長ということになった僕が持っているし、当然この高校の門の前までは一緒に帰ることになる(家が逆方向なのでそこから先はバラバラだが)。帰り支度をしていたタイミングで声が上がったのだった。このパターンは何度も見たぞ、と僕は少しだけ呆れながら彼女に声をかける。 「生駒さん、ひょっとしてまたやった?」 「うう、すみません……神楽(かぐら)先輩」  彼女はしょんぼりと肩を下げた。 「シャープペンの一本が、見つからないんです。どこか行っちゃったみたいで。部室の中にあると思うんですが……一緒に探して貰えませんか?」  一般的な美人とは少し違うかもしれないが、とても可愛らしい見た目で成績も悪くない彼女。ただちょっとだけおっちょこちょいである。この部室で“ものを失くしてしまった”と彼女が言い、探し物に付き合ったことは一度や二度じゃない。 「しょうがないなあ。えっと、どのシャーペン?」 「緑色のやつです。一番よく使ってる……」 「あれ?さっきまで手に持ってなかった?どこかに置いちゃった?」 「かもしれません……机の周辺にはないみたいなんです」 「あちゃあ」  本棚、資料棚、使われていないテーブルに椅子。それらが派手に積み上がった部室は、広いのみならずなかなかのカオスな状態で、探し物を見つけるのは容易ではない。  それでも、彼女が日常的に愛用しているペンをなくしてしまったともなれば死活問題である。探さない、という選択は僕にはなかった。 「仕方ないね。急いで見つけよう」  まあ、なんとかなるだろう。いつもなくして数分程度で、探し物は見つかっている。
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