結界都市アダマス

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結界都市アダマス

*  六年の月日が流れた。  人間と亜人が住む大陸、コスタリア。  大陸南西にある武帝国領土内を、一つの馬車が北にむかって歩いている。  都市に運ぶ荷物にまじって、女が一人、馬車に乗せてもらっていた。  金髪碧眼の女は、成長したアゲハだった。人間の年齢で、十四歳になっている。背は少ししか、伸びなかったようだ。ただ、髪の毛は意識的に伸ばし、ロングヘアにしている。 「あんたもハンターかい?」  馬主がアゲハに話しかけた。 「あっ、わかる?」 「この大変なときに、あの都市にむかう奴は、ほとんどがハンターだよ。それにあんた、赤眼化できるだろ?」  馬車の外に両足をだし、ブラブラさせていたアゲハは、動きを止めた。 「正解。おじさんすごい」 「はは、まあ女で剣士、ハンターときたら、たいがいは赤眼化魔法を使える奴が多いからな。赤眼化は男女の力の差をなくしちまった」  アゲハの格好は鎧を着、剣を所持する典型的な剣士だった。 「だね」  納得いったのか、アゲハはまた足をブラブラさせる。  しばらくして馬主は、帽子の奥から視線を上げた。 「見えたぜ。あれだ」  アゲハは馬主の男のそばまで、近づいていく。 「へぇ。あれが結界都市『アダマス』」  数千人もの住人が住む都市、アダマス。  巨大な石の壁が積み上げられ、都市の内部を隠している。  壁のむこう側は、尖塔の屋根や頭頂部の飾りぐらいしか見えない。  放射状雲が、都市からでているようで、それは雄大な姿だった。 「なんか鉄壁な都市だね。まるでその巨大さをアピールしてるよう。何のお飾りもいらないって感じ」 「そうだな。国一番を目指して建てられた、新築都市だ。たしか武帝国が出資してるんだっけか?」 「あ~なるほど。あの国らしいわ」  五大帝国の一つ、武帝国。  獣人の王が統治する国だ。男、女にかぎらずマッチョな国民性で、力こそがすべてをモットーにしている。大学もあるようだが、体育ばかり教えているのだ。  アゲハは義父が獣人なのでよく知っていた。もちろん、武帝国にも行ったことがある。 「まっ、お嬢ちゃんならなじめるんじゃないか? 獣人が多いからな」 「そりゃいいわ。楽しそ~」  アゲハの笑い声が、引きつった。  地面に目を落とすと、淡く、白い光が霧のように噴出している。それは丸く、線を引いたように、丘のむこうにまで続いていた。  馬車はその白い霧を踏み鳴らし、平然と進んでいく。 「結界の中に入ったぜ」 「これだと、レベル1ぐらい?」 「もちろん。レベル1で、エコーズは十分だからな。神獣ではそうはいかんが。とにかくおめでとう」 「えっ? 何が?」 「お嬢ちゃんがエコーズでないことが、証明されたぜ」  馬主は茶色い歯を見せ、大笑いした。 「あっ、そういうことね」  アゲハは苦笑いしながら、アダマスを見上げた。  馬車は都市の外にある、市場や宿場近くでアゲハを下ろしてくれた。  アゲハは人に訪ねながら、なんとか説明会場に間に合った。  そこは都市の城壁近くにあり、都市入口には門番が二人立っている。城壁の上では、見張りの兵がウロウロしていた。 「ここが説明会場か」  会場は板張りの家だった。玄関の前では、受付の中年の女が、木の椅子に座っていた。日除けなのか、布が天井に張られている。 「すいません、ハンターなんですけど」 「ああ、賞金稼ぎの方ね。一応名簿に所属と名前を書いてください」  女は名簿とペンを、アゲハに差しだした。 「はいはいっと」  アゲハは自分の名前だけ書くと、ペンを置いた。 「所属している組織の名前は?」 「ありませんよ。一人だし」 「へぇ。傭兵団やハンターギルドにも入っていないんですか? 一人で大丈夫ですか?」 「うん。平気。じゃ」  アゲハはさっさと手を振ると、会場の中に入っていった。 「ここか……」  ドアを開けると、すぐに土と汗が充満した臭いが漂ってきた。中にいたハンター達が、一斉にアゲハをちら見する。剣士、魔法使い、格闘家など、さまざまな職業のハンターがいた。女性も数人いる。 「おっ、可愛い娘じゃねぇか?」  筋肉質な獣人が、すぐに口を開いた。 「ほんとだ。まだガキだけどな。でも金髪に碧眼は珍しいぜ」 「こっち来いよ、お嬢ちゃん。獣人同士仲良くしようぜ」  三人の獣人が、乱暴な口調でアゲハを誘った。見たままの狼タイプ。気性が荒く、好戦的な性質を持つ。 「ははっ、ども」  アゲハは愛想笑いを浮かべる。  ――あ~うっとうしいな。これだから獣人は。  獣人に誘われたことは何度もあった。とにかく力づくで押しきろうとするため、しつこい、うざい、口が臭いという理由で、アゲハは相手にしたことがない。ただ自分の立場上、あまり邪険にはできない。なにより揉め事が、めんどうだった。  空いている席はないかと探していると、すぐ近くに茶色のフードを頭からかぶった、ハンターが目に入った。その隣がちょうど空いている。 「ねえ。椅子あいてるし、ここ座っていい?」  フードの影から、男の片目が見えた。黒い真珠のような目だ。顔つきは鋭い。  ――あら、けっこう美形。  恐らく人間だろうが、普通の男より特上だ。 「かまわない。ここは誰も座っていなかったしな」  静かで落ち着いた声色。  アゲハは遠慮なく席に座った。 「ありがと」  男の肩から武器が見える。  漆黒の鞘、鍔に柄頭。刀身は細い。  ――朧先生が持っていた武器と同じ。刀……か。  アゲハは一目で、武器の種別を見抜いた。 「さて、時間だ。これより説明会を始める。怪物対策責任者のヨルダだ」  腕時計をチラチラ見ていた男が、立ち上がった。黒板のある教壇に上げると、ハンター達を見下ろす。人間のように見えるが、目の鋭さと口から見える尖った歯からして、獣人だ。 「今回、君達に集まってもらったのは他でもない。――このアダマスを狙っている、エコーズを探しだしてもらいたい」  ヨルダは先に結論を述べた。 「この都市が出来上がって間もないころ、突然神獣があらわれた。ここは最新型の吸収式神脈装置があったため、奴等を撃退できたものの、神獣を操るエコーズを退治することはできなかった」  黒板に都市の図と、神脈結界をチョークで書く。結界の外には神獣だろうか、白い丸を点々と書いた。そしてさらにその外側に、クエスチョンマークを描く。 「君達が知ってのとおり、吸収式神脈装置は賢帝国の頭のおかしな教授達が造っている。地面に流れている、枯渇することのない神脈を吸収し、結界を構築する装置だ。この結界のおかげで、体内に神脈を持たないエコーズは、たとえレベル1でさえ、町に入ることはできなくなった」  エコーズが他の生物と違うもの。それは神脈を持っていないということだ。  神脈とは、動脈、静脈と同じ、三つめの血管。生物が生まれたときに、持っているもの。地面に流れる『神脈』と、体内に流れる『神脈』は、同じ読みと字なので、間違いやすい。 「しかし、やっかいなことに、『神脈のカス』と呼ばれる神獣には、結界が通用しない。しかも、エコーズはその神獣を自由に操れる」  エコーズが神獣を操れる理由は、さまざまな説がある。ヨルダはその中でも、有力な説を説明し始めた。 「なぜエコーズが神獣を操れるのか? 一説によれば、奴等は神脈を体内に持たないがゆえに、死ねば大地に喰われ、神脈のエネルギーとして消化される。その一部のエネルギーが変質し、神獣となり、生きているエコーズに協力するのだといわれている」  コホンと、ヨルダは咳をした。 「話を戻そう。我々には神から授かりし、神脈が体内に流れている。この神脈のおかげで、世界を舞う死の細菌、『紅姫』に対する抗体ができているのだ。エコーズのように死ねば『赤い花』になることはない。よって神脈結界に触れても影響はない」  紅姫とは、この世界に浮遊する細菌のこと。この紅姫に感染した者は、死ねば赤い花を死体に咲かせる。エコーズとの戦争のときは、満開の赤い花が咲いていたという。  赤い花に名前はない。理由は不吉だから。 「だが、神脈そのものでできている、神獣には結界はきかない。そこで神脈をろ過し、さらに純度を上げ、『月の都レベル5』という結界をつくりだした。この結界により、神獣ですら、結界に入ることは不可能となった。――そう、神脈を自由に操ることができる我々は、この世界の、食物連鎖の頂点に立つことができたのだ」  クスッ。  アゲハはついおかしくて、笑ってしまった。 「うん? 女。何がおかしい?」 「えっ? あっ、私笑ってました? すいません。武者震いかも」  慌てて両手を振る。 「そうか。まあいい」  ヨルダはそれ以上追求しなかった。   ――危ない危ない。獣人じゃなかったら、追いだされたかも。  獣人は同族意識が強い。それで見逃してくれたのかもしれなかった。  ヨルダは話を続けた。 「ここまでは君達も、知っている内容だろう。では、本題に入る。この都市を襲う神獣は、常に都市の中心を目指してばかりで、途中にいる人や動物には目もくれてない。神獣には、目も、鼻も、耳もない。どこかでエコーズが監視しているのは明らかだ。しかも計画性がまったくなく、阿保のように同じことを繰り返す所から、我々はゴーストエコーズであると判断した。君達はそのゴーストエコーズを探しだし、討伐を願いたい……」  突然、乱暴に会場のドアが開いた。入り口に、男が息を荒くして立っている。 「どうした?」 「たっ、たっ、大変です! 神獣があらわれました! この都市にせまってきます!」 「来たか! ではさっそく働いてもらう! 勇者達よ!」  ヨルダは興奮した口調で、叫んだ。 「おおっ!」 「やったるで!」 「殲滅してやるぜ!」  ハンター達も戦闘モードになり、大きく跳ね上げる。そしてぞろぞろと会場からでていった。  残ったアゲハは、皆が行ったことを確認すると、口に手を当てた。 「行ったか。それにしても、勇者達って、ププッ」  こらえきれなかった笑いを発散させていると、すぐそばで気配を感じた。  隣にいるフードの男が、まだ会場からでていっていなかった。  笑いを聞かれて、ばつが悪そうに、アゲハは男に尋ねた。 「君は行かないの?」 「…………」  男は何もしゃべらない。  ――あらら、無口だこと。  アゲハは興ざめして、会場からでることにした。 「まっ、いいや。じゃね」  後ろをむいたまま、男に手を振るアゲハ。  その後ろ姿を、男は細い目で眺めていた。
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