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ストレス
「ざっけんなクソが!」
私立高校の制服を着た、見るからに優等生の少年は、自室で声を荒げながら煙草を吸っている。彼の名は中野秀一。幼い頃から学年トップと品行方正を親に強要されながら生きてきた。
学年トップのプレッシャーは尋常じゃない。成績も生活態度も、親が望んだものでなければ何日もなじられ続け、呆れた目で見られる。
秀一が執拗に追い詰められるのは、3つ上の兄、稔章が原因だった。稔章は落ち着きがなく、馬鹿騒ぎをして周りに迷惑をかけてばかりいる。成績で優れている面といえば体育だけで、それ以外はからっきしだ。
おまけに絶望的に空気が読めず、いつも両親や秀一をイラつかせた。
だから両親は秀一に希望を託し、全てにおいて1位になれるようにと”秀一”と名付け、学年トップと品行方正を強要した。
「体育なんかできてもなんの役にも立たない。そんなのいいから勉強しなさい」
これが両親の口癖で、知り合いの医者に診断書を書かせ、体育を見学させている。もちろんただぼんやりと見学することは許されておらず、その間も勉強しなければいけなかった。
過度のストレスとプレッシャーに耐えるために、彼は誰もいないところでこうして暴言を吐き散らし、煙草を吸った。煙草は落ちていたタスポを使って自販機で購入し、吸った後はいつも消臭剤をバラ撒いてごまかす。
だがこのストレス解消も限界が近い。
「皆死ねばいいのに」
人には言えない本音をつぶやくと、消防車のサイレンが聞こえた。秀一は起き上がると、上着を羽織って外に飛び出す。自宅から少し離れたところから、火の手が見える。
秀一はそちらに向かって走り出す。だが、体力のない秀一は50mも走ると息を切らしてしまい、仕方なく早歩きに切り替える。
数ヶ月前から近辺での火事が多発しており、火事を見ると秀一の心が少し軽くなる。あまりにも不謹慎なストレス解消法だが、暴言を吐きながら煙草を吸うより気持ちが落ち着く。
何より火をつけているのは自分ではないのだから、罪悪感などは微塵もない。
最近はよく、自分がいない家や学校で火事が起きるという、都合のいい妄想をすることもある。
その妄想を叶えるために、放火魔を探すために火災現場に向かっているというのもある。
火災現場につくと、すでに野次馬でいっぱいになっている。燃えているのは、根も葉もない噂話を広げているおばさんの家。耳を澄ませると「いい気味」「このまま死んでしまえばいい」など、心無い言葉が飛び交っている。それだけこの家の住人が嫌われていたということだ。秀一も、この一家のことは嫌っている。
この家の娘である戸塚杏子は秀一と同級生だ。杏子は可憐な名前と違って横に1周りも大きい。一重で団子鼻。おまけににきびやそばかすだらけで、お世辞にも可愛いとは言えない。それに加え、汗くさい。
中学生の頃、秀一はそんな杏子に告白をされてしまった。
秀一は「お前みたいなドブスと付き合えるわけねーだろ」という本音を飲み込み、「勉強で忙しくて恋愛どころではない」と断った。それが気に食わなかったのか、杏子もその母親も秀一を貶めるための嘘を流した。
”他校の女子や小学校にいる後輩を食い物にしている””成績を金で買っている””後輩達から金を巻き上げたり、サンドバッグにしたりしてストレス解消している”など、悪質な噂話を流すも、秀一の人柄の良さは、近所の人も学校の人も知っているため、誰も信じずに終わった。
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