ストレス

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「あれ、中野くん?」  声をかけられてそちらを見ると、中学3年生の頃に担任だった倉田がこちらを凝視している。倉田は30代なかばの女性教師で、3年生の数学も担当していた。愛想がよく、授業も分かりやすいので、生徒達に慕われていた。 「倉田先生、お久しぶりです」 「こんなところで会うだなんて……」  倉田は心配そうな顔をして未だに燃え盛っている家を横目で見るも、その目には他の野次馬同様「いい気味だ」と言わんばかりの浅ましさと好奇心が滲んでいる。  問題児の杏子にはもちろんのこと、モンスターペアレントである彼女の母親にも頭を抱えていた倉田からすれば、今回の火事はある種の憂さ晴らしになっただろう。  隠しきれない倉田の好奇心は、優等生の秀一にも野次馬根性があるのかと聞いているように思えてならない。 「近くを散歩していたら煙が上がっているのが見えて……。その方向に戸塚さんの家があるのを思い出して心配になって来てみたら、まさか戸塚さんの家が燃えていただなんて……」  ショックを受けているフリをしながら、やや説明くさい言葉を並べると、倉田は眉尻を下げた。罪悪感でも覚えたのか、好奇心は失せている。 「そっか、中野くんは相変わらず優しいのね。あんなことがあったのに……」  倉田のいうあんなこととは、例のデマのことだろう。正直未だに根に持っているが、秀一はあえて分からないフリをする。 「あんなこと? なにかありましたっけ?」 「ほら、戸塚さん、中野くんの変な噂流してたじゃない」 「あぁ、そんなことありましたね」  どうにか倉田を巻く方法がないかと、目だけを動かして辺りを見ると、黒いパーカーが野次馬から抜け出そうとするのが見えた。強風が吹き、フードが脱げる。驚いてフードを被り直すその顔には、見覚えがあった。 (まさか彼女が放火魔だったなんて)  探し回っていた人物の正体に、胸が高鳴る。 「戸塚さん、無事だといいんだけど……」 「そうですね……。あ、母さんが来たみたいなので失礼します。煙を吸うと身体によくないですからね。先生も、あまり長居しないほうがいいですよ」  秀一は作り笑いをしてまくし立てるように言うと、一礼してその場を立ち去る。後ろから倉田の声が聞こえるが、聞こえないふりをする。  野次馬から離れて、黒パーカーを尾行する。背中を丸めて早歩きする黒パーカーは背丈も小さければ歩幅も小さく、体力のない秀一でもすぐに追いつくことができた。  黒パーカーは公園のベンチに座ると、親指の爪を噛みながらもう片方の手でスマホを操作する。 「赤井さん?」  隣に立って名前を呼ぶと、黒パーカーは悲鳴を上げて立ち上がる。その拍子にフードが落ち、小動物のような愛らしい顔が出てくる。  赤井優香。秀一と同じクラスで、彼女も秀一同様、成績優秀で愛想がいい、クラスの人気者だ。秀一と優香でクラス委員をしている。  数秒間固まっていた優香だが、我に返ると秀一から逃げようと走り出す。 「待って!」  秀一は咄嗟に彼女の腕を掴むが、優香はジタバタ暴れて必死で逃げようとする。 「君がやったなんて言いふらす気はないから」  秀一の言葉に優香は再び動きを止め、首だけを秀一に向ける。目を見開き驚いた顔をしていると思えば、大声で笑い出す。
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