ただ悲しくて

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「貴方が妹にしてくれたこと。それをアナタは覚えている?」  言葉をかけられた男は顔を上げ、彼女を見るも、沈黙を選ぶ。  虚ろなその目には、彼女が映ってさえいないようだった。 「私は覚えているわ」 「…………」  強化ガラスの越しいる男に向かって、更に女は語りかける。 「どれだけあの子を想ってくれていたか…………。  傍から見て、恥ずかしい程に貴方は真っ直ぐ愛を注いでいた」 「…………」  男は沈黙と共に、俯くことも選ぶ。 「正直、妹が羨ましかった。  人はこんなにも愛されて、愛すことができるのだと知ったから……。  だから、そんなアナタがあんな凄惨な事件を起こすなんて、  私にはとても信じられないの」 「…………」  彼への信頼が伝わる言葉も、  俯き、沈黙を貫く男には届いてない様に視えた。 「ねぇ、何か理由があるんでしょ?」 「…………」  熱のこもる女の言葉にも、男は何一つ反応を示さない。 「ねぇ………お願い。何か言ってよっ!」 「…………」  必死に言葉を届けようにも、  最早、何も感じてすらいないのかのように思える。 「このままじゃ……言葉をかける事も出来なくなってしまうの……」  何も伝わらないことに、 女の言葉は、熱を、色を失っていく。 「せめて……何を感じているのか…………。  …………それだけでも教えて」 「…………」  女は俯き、言葉を諦めた。 「…………虚しいんだ」  消え入りそうな声で男は言った。 「…………どうして?」  男は言葉には応えることなく、ただ言葉を発した。 「…………そして、ただ悲しい」
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