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探していたものは
本当の友達なんて居やしない。
みんな、結局は裏切るんだ。中学の時みたいに。
でも、心のどこかで、僕は探していたのかもしれない。
絶対に信じられる、そんな、友達を。
*
「誰か探してんのか?」
部活の始まる少し前、校庭の隅で大きなスケッチブックを片手にキョロキョロしている男子生徒に声をかけた。
俺より頭一つ低いその男子は、突然話しかけられたにも関わらず、笑顔で答えた。
「うーんとね、美術でスポーツってお題のデッサン課題が出されたから、モデルを探してるんだぁ」
「……陸上部で良かったら、俺、モデルになろうか?」
「え、いいの!? 助かるよ〜!」
水色のワイシャツを着たその生徒はパァッと顔を輝かせた。
しかし、俺の制服に気がつくと、途端に曇る。
「……あ、でも、君、進学クラスじゃん」
ウチの高校は、学力によって特進クラスと進学クラスに分類される。それに伴って、制服も若干異なっていた。特進クラスは水色のワイシャツで、進学クラスは白。
「特進の僕と絡んだら、ダメだよ〜」
「なんで?」
「なんでって……」
彼が言いたいのは、きっとその致命的な仲の悪さだろう。特進は進学を見下しているし、進学は特進をお高くとまっている、とお互い火花を散らしていた。
確かに、進学の生徒が特進と関わったら、周りに良い目では見られないかもしれない。
「それとこれとは、関係なくね?」
特進の彼は、ぽかんとした表情で俺を見つめると、急に笑い出した。
「……あは、あははっ! ね、名前、なんて言うの?」
何かおかしなことを言っただろうか。
「水野だよ」
「下の!」
「けいた、だけど」
「けいた! 僕はみつき。お言葉に甘えて、デッサン描かせてもらうね。勝手に描いてるから気にせず部活やってて〜」
みつきは手を振って、木陰の方へ歩いて行った。
部活が終わっても、みつきはずっとスケッチブックと睨めっこしていた。
部活仲間からの帰りの誘いを断り、俺は着替えてすぐにみつきの元へ急ぐ。
集中したままのみつきの後ろから、そーっとスケッチブックを覗き見た。
「うわ、うまっ!?」
「わっ!? 声かけてよ〜!」
みつきが描いていたのは、高跳び中の俺。それは鉛筆で描いたとは思えないクオリティだった。
みつきからスケッチブックを取り上げて、まじまじと観察する。
「もうプロじゃん! これ課題なの? もったいねー、コンテストとか出せば良いのに、絶対賞獲れるよ」
「いや……」
「マジでうめぇ! 俺って分かるもん! 写真かと思うレベル」
「あの……」
「こんな上手に描いてもらえんの、めっちゃ嬉しいな!」
「もうやめて……」
気づいたらみつきが俯きながら、俺の裾を掴んでいた。
「あ、ごめん、返すから」
ずっとスケッチブックを奪い取ったままだと気づいて、慌てて返した。
返却したのに、みつきはどことなく仏頂面だ。なんか怒らせちゃったか。
「ごめんって、帰りにコンビニでも寄ろうぜ」
「……一緒に帰るの?」
「? 当たり前じゃん」
逆にこの流れで別々に帰るなんてあるのか?
「……どうせ離れてくクセに」
みつきがぼそっと何か呟いた気がしたが、聞き取れない。
「なんか言ったか?」
「なーにも! あーあ、お腹すいちゃったなぁ」
俺とみつきは駅まで一緒に帰った。
みつきの絵は大変高評価だったようで、美術室の壁に飾られていた。名前付きで。
被写体はあっという間に特定され、特進の生徒が進学の生徒をデッサンした、裏切り者だ、と瞬く間に噂になった。
それだけならよかった。しかし、廊下ですれ違った特進の生徒が、みつきを無視しようと計画しているのを聞いてしまった。
俺は放課後の昇降口で、みつきを待ち伏せた。
「けいた」
「ごめん!」
みつきと対面するや否や、全力で頭を下げる。
「俺のせいでみつきが、その……嫌がらせ、されるかもしんねぇ」
「けいたのせいじゃないよ、僕が……」
「俺のせいだ! みつきは関わらない方がいいって言ったのに……。ごめん、もう近づかないようにするから」
「けいた!」
俺は逃げるようにその場から立ち去った。
*
中学時代、僕は嫌がらせを受けていた。私物がとことん無くなったのだ。
親友に沢山相談した。けれども、何も解決はしなかった。
それもそのはず。主犯はその親友だった。
それから僕は、上辺だけの友達しか作らなくなった。
いつ裏切られてもいいように。
……でも。
「……けいたは違うかもって思ったのにな……」
ちょっと期待するとこれだ。もうやめよう。彼もいなくなった。
本当の友達なんて居やしないんだ。
朝、下駄箱から上履きを取り出す手にも、力が入らない気がする。
「……あれ?」
昇降口の端にあるゴミ箱に、上履きが捨てられたいた。
デカデカと「水野」と書いてある。
けいたの名字って……。
「……もう、僕には関係ないし」
僕は無視して教室へ歩を進める。
……が、数歩進んで、またゴミ箱へと戻ってしまった。
「……落とし物、拾っただけだから」
僕は捨てられた上履きを掴んで、水野と書かれた下駄箱にぶち込んだ。
「水野の体操着、体育館裏の花壇に投げといたわ」
「うわ、お前、そんなとこ見つかるわけねーじゃん」
トイレでそんな下品な笑い声が聞こえてきたのが、数分前。
昼休み、僕は体育館裏を目指した。
体育館を曲がると、けいたが花壇の前でしゃがみ込んでいた。
「あっ……」
僕に気づいて、居た堪れなさそうな顔をする。
「なんでここに……」
「いつもお昼休みは腹ごなしの散歩してるんだ〜」
「そっか……」
けいたは花壇をかき分ける手を止めて、ぽつりと話し始めた。
「……俺さ、中学の時、いじめられてるやつを助けられなかったんだ。見て見ぬふりをした。そいつはいじめがエスカレートする前に転校して……。もう、間違えたくないんだ。だから最初、困ってそうなみつきを助けたくて声かけたのに……。結局こんなことになって、何してんだろうな、俺」
はは、とけいたの乾いた笑いが、虚しく空に吸い込まれる。
「…………」
「あ、おい!?」
僕は黙って膝をつき、花壇の中に両手を突っ込んだ。
柔らかな布の感触を見つけて、引っ張り出す。
「決めた」
けいたの体操服片手に、僕は決意する。
「けいたは、僕が守るよ」
*
翌朝の学校はなんだか騒々しかった。
ざわついているクラスメイトに耳を澄ます。
「特進クラスの黒板にやばい落書きがあるから見に行こうぜ」
「何それ、行く行く!」
みつきのクラスだ!
俺は廊下を駆け抜けた。みつきのクラスは知らなかったけど、明らかに人だかりができている教室があった。
白と水色の制服をかき分けて、そのクラスに入り込む。
「ひでぇ……」
黒板には、みつきと俺を名指しでデカデカと罵詈雑言が書かれていた。
みつきが来る前に消さなきゃ。
あいつまで嫌な思いをする必要はない。
俺が黒板消しを手にした、その時。
「消すな!!!」
聞き慣れた声色で、聞き慣れない大声が俺の動きを制止した。
振り向くと、一枚の模造紙を持ったみつきが立っていた。
「みつき、なんで」
「いいから、これ貼るの手伝って」
指示されるままに、みつきの持っていた模造紙を黒板に磁石で貼り付ける。
現れたのは、巨大なQRコード。
「なんだよこれ?」
「読み込んでみれば?」
みつきがいたずらっ子のようにニヤリと笑う。
一人の生徒がスマホを取り出したのを合図に、見物人たちが一斉にQRコードを読み込み始めた。
読み込んだ先は、動画配信サイトに投稿された一つの動画。
それはあの趣味の悪い黒板アートの制作過程の隠し撮り動画だった。
三人の生徒。顔までばっちり映っている。同じクラスの仕業だろうと覚悟はしていたが、やはり知り合いだったので、俺は多少なりともショックを受けた。
そんな本人たちは、隠し撮りに気づく様子もなく。楽しそうに俺たちの悪口を言い合いながら、動画内でチョークを軽快に滑らせている。
動画にはご丁寧に編集が施されており、セリフには字幕、俺とみつきの名前にはモザイクやピー音がかけられていた。対して概要欄には犯人たちの高校名と本名が記載され、投稿者の執念が滲み出ている。
驚くべきはその再生数。昨日の今日だというのに、数十万再生されていた。影響力のある人が拡散したんだ。
このご時世、ネットに悪行とセットで顔と学校と名前が流出したら、先生に叱られるだけでは終わらないだろう。いわゆる、社会的な死だ。
一応、動画投稿主は謎の人物ということになっているが、生徒間では、みつきがやったともっぱらの評判だった。みつきは知らぬ存ぜぬを通している。俺もそれに乗っかった。
それから数日後。
進学クラスと特進クラスのわだかまりはちょっとだけ和らいだ。水色と白色が隣り合って歩いている景色も増えた。言えなかっただけで、クラスの違いなんてどうでもいいと思っていた生徒も結構いたみたいだ。
俺はというと、放課後、みつきに呼び出された。
人気のない体育館裏。到着すると、しゃがんで花壇の花をちょいちょいと突いていたみつきが、俺を見て立ち上がる。
「話ってどうしたんだよ? 改まって」
「あ、うん……あのね」
「あー、でも待って、俺も言いたいことある」
そう、考えてみれば、俺だって改めて言いたい。
「ありがとな……助けてくれて」
「え?」
「俺、みつきに酷いこと言ったのに……。それでも、俺を見捨てないでくれて、ありがとう」
「……違うよ」
みつきが近づいてきて、俺の両手を優しく包む。
「けいたが最初に僕を助けてれくたから……。クラスの違いとか自分の立場とか、そういうの無視して、僕に声をかけてくれたからだよ」
「……そっか」
「…………ね、けいた」
「うん、聞いてるよ」
俺の手を握るみつきの手に、力が入る。
「僕と、友達になってくれませんか?」
「…………あははははは!」
出会った頃と逆。
今度は俺がみつきを笑う番だった。
「な、なんで笑うのさぁ!」
顔を赤くしてぽこぽこと非力に叩いてくるみつきに、俺は笑いが止まらない。
「ごめんごめん、みつき、学力あるのに頭悪いんだな」
「なにをう!」
「だってさ」
俺たち、もうとっくのとうに、友達じゃん。
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