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「おはよう、お二人さん」
自転車から降りた村瀬沙弥は、こちらに向かって元気よく手を振っている。
「村瀬、おはよう」
「村瀬さん、おはよう」
僕らは手を振り返しながら、彼女のいるところまで小走りする。
「それで、誰がサボりなん?」
いたずらっぽい笑顔を向けてくる彼女とは、今年はじめて同じクラスになった。二年まではBクラスだったらしい。顔の広い雄一は前から仲良かったみたいだが、僕はクラスが一緒になるまで話したことなどなかった。でも、そんなことを感じさせないほどに人懐っこい彼女とは、人見知り勝ちな僕でもすぐに打ち解けることができた。
「ゆういちが今日は三時までしか残らないんだって」
「それはサボりだ」
彼女は思った通りの反応をしてくれた。
「三時間も残るんだから、サボりじゃないやろ」
「確かにそれはそうやわ。わたし、昼で帰るもん」
そういうと村瀬さんは自転車に股がった。
「これ停めてくるね」
いつのまにか、校舎まで歩いてきていたらしい。左手にある駐輪場へと村瀬さんは入っていった。
僕らは先に、黒い鉄格子で両開きの校門をくぐる。そこから見える大きな白い校舎に、学校生活がまた始まることを改めて実感した。そんなことを雄一に言ってみたが、同意はしてくれなかった。こいつはどこか冷めてるんだ。
左手奥に進むと地下にある下駄箱に繋がる階段がある。そこへ向かう途中で駐輪場からやって来た高瀬さんと再会した。
地下に降りて黒ずみかけた上履きに履き替え、三階にある教室に向かう。学年ごとに教室のある階が違っており、一年は一階にある。
僕らの教室は階段からもっとも離れた端にある。中に入れば、既に来ていたみんなが僕らを迎える。
「おはよう」
村瀬さんは、固まって騒いでいた女子グループのところへ突っ込んでいく。
「お前ら、宿題やったんか?」
席へと向かう僕と雄一に声をかけてきたのは、高木直人だ。スポーツ刈りに黒メガネの彼は、僕と同じ『宿題嫌い系男子』だ。今、友達のノートを必死に写している。これでも彼はこのクラス内で成績が高い方だ。
「やったよ」
「僕も今回はやったで」
それを聞いた直人は舌打ちしながら手を動かすスピードをあげた。
「がんばれ」
席についた僕は提出する宿題を整理して、読書に再び浸ろうとカバンをあさる。そして、とんでもないことに気づく。
「ない!」
思わず漏らしてしまった声に皆の視線が集まる。
「宿題忘れたん?」
嬉しそうな顔で直人がこちらを向いてくる。
「ちがうよ。本がないんよ」
「しょうもねえ」
しょうもなくない。僕にとっては一大事だ。どこだろうか。記憶をたどる。そして、一つの結論に至る。
「電車においてちゃった……」
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