硝子に浮かぶ花

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硝子に浮かぶ花

賑やかな通り。 立ち並ぶ屋台の間に吊り下げられた提灯。 穏やかな風に鳴る風鈴の音。 空はまだ明るい。 やっと地に足が着いた。 何処か遠くに聞こえる喧騒の中、一人駆けていく者。 感じるものは、恐れと焦り。 何かから逃げているのだと、直感で感じ取った。 『逃亡者』と、便宜上呼ばせてもらおう。 逃亡者は通りを歩く者に認知されることもなく、触れることもなかった。 これなら真っ直ぐ全力で走っても問題はない。 しかし、なぜ人に触れられぬ逃亡者は駆けているのか。 そんな思考をする間もなく、逃亡者はある者に手を引かれた。 逃亡者は、手を引くその者の顔を見て、目を見開く。 その瞬間、俯瞰していたはずの視点が逃亡者に移り、感情や思考回路全てが脳に雪崩れ込む。 逃亡者の手を取る者は、見えているはずなのに、見えなかった。 ぼやけている…というものとは少し違う。私にとって懐かしい顔だと何故か強く感じた。 懐かしさと同時に心を締め付け、忘れていた苦しみを無理矢理抉り出されるような感覚を覚える。 一瞬のような、永遠のような時間が動き出した時、私は逃亡者の体のまま手を反射的に振り払い、再び駆けていった。
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