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大輔一年生
結局、僕と小柳大輔はいくつかの約束をして、付き合う事になった。
僕たちの逢瀬は主に学校の化学準備室だ。大きなソファーもあり座ってゆっくり話をする事ができる。
職権乱用もいいとこだけど大輔は寮に住んでいるし、僕の家は学園の外にあるから大輔は外に出る事ができないので行く事ができない。
毎日暇さえあれば大輔は僕の元にやって来た。そして他愛のない話をして帰って行く。殆どしゃべるのは大輔ひとりで、僕はというと次の授業の準備などをして時々相槌をうつくらいだ。そしてたまーに気が向いたら大輔の頭に軽く触れたりはしたが、ハグやキスのような性的な接触は一切しなかった。いつも大輔は『待て』を上手にできた。
これは僕との約束。
大輔が何でもやるって言ったから、大輔からは絶対に僕に触れない事を約束させた。
大輔は一瞬だけ返事を躊躇ったが、すぐに「分かった。約束する。センセーと付き合えるならオレ平気だよ」と言って笑った。
そんな約束すぐに破られるって思っていた。だって彼らは僕の身体が目当てなのだから。
だけど大輔は約束通り自分から僕に触れたりしなかった。
ただ「好き」は毎回伝えてくれたし、相変わらず花も持って来てくれた。
捨てるのも忍びなくてそれらは全て押し花にしてある。
この事を大輔は知らないし、言うつもりもない。
もういくつの押し花がでできただろうか……。
そっと机の引き出しを開け、綺麗に並べられた押し花たちを眺める。
いつも大輔は笑顔だった。
そして僕が触れるともっと嬉しそうに笑った。
どんどん増えていく押し花の数だけ僕の秘密も増えていく気がした――。
僕が大輔と付き合うと言ったのは、復讐だった。大輔にではない。
9年前の彼に対する復讐。
僕は9年前、当時高校三年生だった彼に告白された。
まだ教師になって間もない僕は最初は断った。教師と生徒の恋愛だなんてとんでもないと考えたからだ。それでも何度も何度も熱心に告白してくる彼にほだされて、彼の事を受け入れてしまった。
初めて唇を合わせ、初めて身体を繋げた。
誰かと両想いになって付き合った経験なんてなかった僕は、どんどん彼にハマっていった。彼とならどこまででもいけると思っていた。
彼の方も僕と同じ気持ちだと思っていた。
だけど――卒業式の日、彼は言ったんだ。
僕との事はこの閉ざされた空間だからこそありえた事だったと。
外の世界へ行けば女の子がわんさかいるのになんでわざわざ男の僕と付き合わなくちゃいけないんだと。
彼は付き合っている時、「先生の事がすごく好き。何でもしてあげたい」と言って僕の身体を求めた。
思えばいつも自分本位なセックスだった。初めてで慣れなくて痛がって泣いても止めてはくれなかったし、彼は自分がイクと僕がイったかどうかなんてお構いなしだった。それは彼の方も慣れていないからだと思っていた。
彼はセックスする以外の事を一緒にやりたがる事はなかった。
彼が口にする甘い囁きなんて何一つ本当の事なんてなかった。
どうしてすぐに彼の嘘に気づく事ができなかったんだろうか……。
いや、気づいてはいたけれど……認めたくはなかったんだ。
彼の事が――――好き、だったから……。
彼は高校生活という短い間だけ僕の心に間借りしただけだったんだ。
彼が卒業してから僕の心はずっとずっと空き部屋のままだった。ただ彼の幻影だけがこちらに背を向けて座っている。
僕ばかりがいつまでも彼に囚われ続けていた。
だから今度は大輔を僕でいっぱいにしてやって、それから卒業式の日に彼ごと捨ててやるんだ。僕の事を弄んだ彼らへの復讐――――。
その時の事を思いくくくと笑ってみたが、ちっとも愉快だなんて思えなかった。化学準備室の窓ガラスに映る僕の顔はひどく醜く歪んでいた。
大輔が卒業するまであと2年――。
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