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永瀬さん……。
その名前を聞いたのは高校以来だ。
「そういうことだから、出席にしとくね。私、これから孫の塾のお迎えに行かないと。
じゃあ、また1ヶ月後にね」
結局、先輩は私の返事を聞かなかった。
私は遥か昔の高一時代に思いを馳せた。
永瀬恵一。
彼は体育会系ではなかったのに人気者だった。生徒会長とブラスバンド部の副部長。生徒会長と部活の長はかけ持ちができなかったからというだけで実質部長だった。
決して今で言うイケメンではなく、熊のような容姿だったから友達からは『クマ』と呼ばれていた。
彼はブラバンではパーカッション担当だったが、友人の日高さんとふたりで音楽活動もしていた。
日高がボーカルで彼がギター。
千春や浜省、剛などをカバーしていた。
永瀬の人気はそのギターにもあった。女子からは主にそれが人気の理由だろう。
私は彼のギターにではなく、歌声に惹かれた。確かに日高の方が上手かったのだろうが、私はギターで弾き語りをしていたハスキーな永瀬の声に虜になっていた。
「手紙、書いてみたら?永瀬さんのファンはけっこう多くて手紙もしょっちゅう貰ってるらしいよ。だから、気軽に書いてみるといいんじゃないかな?」
永瀬を遠くから見つめる私にそう言ったのは佳代先輩だ。
先輩はブラバンに友達がいて、永瀬とも話すことが時々あるらしく
「渡してあげるよ」
と私に言ってくれた。
その頃はスマホはもとより、ガラケーの影も形もない時代。気持ちを伝えるのは手紙ぐらいしかなかった。
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