時効

1/6
64人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
「おじちゃん、何してんの?」  小学校の低学年生だろうか。ランドセルを重そうに背負った男の子が、しゃがみこんでオレの顔をまじまじと覗き込む。 「え? ああ……」 思わず「実は聞きたい事が」と言いそうになって、『知っているはずがないか』と押し留めた。何しろこの子が産まれる遥か前の話なのだから。 「……いや、別にな」  照れ笑いを浮かべて、ロマンスの欠片もない灰色の頭を掻く 「ふーん? どっか、ぐあい悪いとかじゃない? びょーいん、行かなくていい?」  公園の片隅でうずくまるオレを見て、心配してくれたのだろう。いい子じゃないか。 「いやいや、そうじゃないんだよ。ありがとうな、坊主。おじちゃんはね、『探し物』をしているんだ。……だから大丈夫だよ」  立ち上がって、不思議そうな顔をしている子供の頭をポンポンと叩いてやる。 「ふーん? そうなの。じゃ、ボク、いくね」  後ろを振り返りながら公園から出ていく子供を、オレは黙って見送った。  そう、オレはずっと『ある物』を捜している。  ……あれは、20年前の事だった。  深夜、この近くの路上で実に100キロにもなる金塊が盗まれるという事件が起きたのだ。当時のレートで約1.2億円相当だが、今なら約5億円といったところか。  オレは担当刑事として最初からこの事件を追っているが、未だに犯人の正体や足取りにつながる『手掛かり』を発見出来ていない。  だが。  どんな天才の犯行だったとしても、それが人間である以上『絶対』だの『完璧』などという事はあるまい。きっとあるはずなのだ。何処かに『手掛かり』が。  いや……あると信じるしかない。そうして地道に、ひたすらに、地べたを這いつくばって調べ尽くすしかないのだ。  ふう……。  身体を起こし、地面に座り込む。ネクタイを緩めて空を仰ぐと、いわし雲が平和そうに浮かんでいた。  20年……か。  時間の経過は残酷だ。こっちがモタモタすれば、それだけ手掛かりも薄くなっていく。  そして『時効』の壁が。  本件は傷害や殺人が起きていないので、起訴したとしてもその罪状は『窃盗』のみ……刑事の公訴時効は5年だが、犯人が判明していないので民事では20年を満了して21年目を迎えた日の午前0時に公訴時効が成立する。  その日時までに犯人を逮捕して取り調べ、『起訴』まで持ち込まなくてはならない。  その『最終日(タイムリミット)』が、今日なのだ。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!