64人が本棚に入れています
本棚に追加
「どうすんだよ、ヨシオ。警察を辞めてからさ」
オレの推薦に、タツからの返答はなかった。通うつもりは無いらしい。
「『探す』さ。第二の人生ってヤツを。オレは警察に入ってからずっと何かを捜し続けていたんだ。地べたを這いつくばりながら犯人や、手掛かりを。だから同じだよ。新しい人生とやらが何処にあるのか、ずっと探し続けるつもりだ。……そういうお前こそ定年後はどーすんだ、タツ」
ジロリ、と見上げる。
「……俺か? そうだな、事件の心配がなくなれば山歩きも悪くねぇと思っているよ。マイナーだが天狗山なら近いし、天狗岩近くの滝は中々の絶景ポイントなんだ」
「そうか。いいな、そういう趣味があるヤツはよ」
カタン……と椅子を引き「御馳走さん」と言いながら立ち上がる。
「俺はまだ掛かる。レシートは置いていけ」
タツはまだ海老天と格闘中だった。
「はん? らしくねぇな。はは、明日は嵐でもくるかもな!」
乾いた嗤いを残し、オレは初めて金を払わずに店を出た。
外は強い日差しで汗ばむほどだが、さりとて行かないわけにもいくまい。何しろ、残された時間はあと12時間なのだから。
薄手のトレンチコートを小脇に抱える。
――事件があった時、真っ先に疑われたのが『保険金詐欺』だった。つまり『金塊だと思っていたものが、最初から偽物だった』という可能性である。
が、しかし。
そうだとすると何処かに『本物』があるはずだし、担当の社員や帳簿に何かしらの不審点が出るものだ。そういう気配は、何処にもなかった。
金塊は今もって発見されていないし、何処にあるのか見当も着いちゃぁいねぇ。何処かへ巧妙に隠されているんだろうが……。
輸送途中で故障した車だが。後で点検した結果、燃料ポンプのホースに不審な機械が取り付けられていたのが発見された。外部からの無線信号でガス欠させられる仕組みらしい。巧妙に取り付けられていて、メーカーのエンジニアが『図面に無い部品がある』と気づいたのだ。
いくら『これは専門家でないと分かりませんよ』と庇われても、オレを見る周囲の眼は冷たかった。何故なら金塊を積んで発車する前に、もう一人とオレとで車両を隈無くチェック……したはずだったのだから。
どうしてあの時見つけられなかったのか。『よほど変な事はないだろう』という思い込みもあったろう。
仮に、だ。
仙水社を出る時には『間違いなく金塊だった』として、七合社に到着した時点で『比重を調整した偽物』に変わっていたならば『すり替えが起きた』のは金塊をパトカーに移し替えたタイミングしかない。だから犯人は輸送車に細工をして『止めた』のだ。
捜査本部はそう推理して、あの時使っていたパトカーを内密に調べてみたところ……。
後部座席の内側に詰め込まれたウレタンが、ごっそりと抜き取られていた事が判明する。更にトランク内側に面している後部座席の背面が二重構造になっていて、その間に人ひとり隠れられる空間があったのだ。
つまり、犯人は大胆にもパトカーの後部座席の中に隠れていて、金塊がトランクに積まれたタイミングでトランク側に姿を現し、予め用意していた『ニセ金塊』と本物をすり替え、そのままシートに潜伏……。
100キロと言えば大量に聞こえるが、金の重さは水の20倍近いから体積は5リットルほどしかない。大排気量な現代のパトカーなら、重さも大して関係なかったろう。
そしてその晩にパトカーが警察の駐車場に帰ってきた時点でこっそりと脱出し、金塊を運び去ったものと推定された。
問題のパトカーは署で最も『いいヤツ』で、当時の捜査一課長だったタツの『愛車』だった。それを『万一の時に犯人とカーチェイスになって負ける訳にはいかない』と、特別に借り受けたのだ。……散々渋られたが。
つまり、犯人は当日『その車』が護衛に使われるのを事前に知っていて、予め細工を施していたと思われる。
これが意味する事は大きい。
そう、『犯人』は警察の内部にいた可能性が極めて高いのだ。
前代未聞の不祥事……だから、この捜査は未だに原則非公開のままだ。
最初のコメントを投稿しよう!