時効

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 さて……『最後』は何処へ行くか。それはもう決めている。  いくら大量の金塊を手に入れたとは言うものの、そのままでは『使い勝手』が悪い。何処かで現金に代えないと。  だとすると、それを買い取ってくれる業者が必要になるんだ。それも『グレーなヤツ』が適任だろう。 「やぁ、こんにちは」  表通りから一本入ったところにある、個人経営の時計店。スマホが発達した現代では時計もそうそう売れるものではないが、この店には『副業』があるのだ。 「何だい、あんたか。客かと思ったぜ」  競馬新聞を読んでいた店の親父が、ジロリとオレを見上げる。 「ああ、オレなんだ。済まんな。何しろ来る度に時計を買ってたんじゃぁ、家中が時計だらけになっちまうんでよ」  角がこすれて中身が出かかっている丸椅子に座る。 「……『密かに金塊を買え』という客は来てねぇ。大量の金塊が動いたという噂も聞いてねぇ。……ああ、いつも通りさね」  オレが質問するまでもなく、親父が忌々しそうに答えた。耳に掛かった赤鉛筆がヒクヒクと動く。 「そうか、ありがとう。何しろ『貴金属の動き』については、アンタが一番詳しいと見込んでるんだ。……アンダーグラウンドな世界でもね」  もう聞き込みに来る事もあるまいと、オレは早々に席を立つ。 「なぁ……そろそろ『時効』なんじゃねぇのか? 例の事件は」  親父がニヤリと嫌らしい嗤いを浮かべる。特に教えた覚えはないが、『裏』の動きについてよく把握しているようだ。 「……何も言えないと言ったはずだがな。そういう捜査方針なんだ」 「もしも犯人に会ったら言っときな。時効が過ぎた後なら、何時でも取引に応じてやるってよ! はは、『犯人が見つかったら』だけどなぁ!」  不揃いな金歯をむき出しにした、下卑た嗤い。『この手の仕事』をしていて警察が好きという人種はいないのだ。  『犯人は警察内部の可能性がある』。  そう分かってからは、捜査メンバーは最低限にまで絞られた。何処に隠れているか分からない犯人に情報を与えないためである。  当然、オレと『もう一人の同乗者』は真っ先に関与を疑われて事情聴取に家宅捜査まで受けたものだ。  結果として『失った金塊』を含めて犯行に関わるような物は何も出てこなかったが、『もう一人の同乗者』はそのプレッシャーに耐えられず退職してしまった。気の毒に思っている。  この20年、オレは必死に捜し続けてきたんだ。きっと何処かに証拠があるはずだと。  それこそ寝ている時でも『はっ』と眼が覚めて、真夜中にも関わらず現場に駆けつけて『思い当たる節』を当たったモンだ。  ……まったく、病気だよな。  だが、結局は何も出てこなかった。  『何も出てこない』。それが、オレが残した20年のさ。  はは……見事なモンだろ?  ふと気がつくと、周りはすっかり暗くなっていた。 やれやれ、肌寒いはずだぜ。さて……もう署に戻らないとな。  『捜索』はこれで打ち切りだ。
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