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「あのね、咲ちゃん」と穏やかに呼びかける。
その声に顔を上げると、優しい眼差しが咲を捉えた。
「咲ちゃんは、もっと自分に素直になったほうがいいんじゃない?」
子供を諭すような口調で花音が告げた。
「自分に素直に、ですか?」
咲はパチパチと目を瞬かせる。
「どういうことですか?」
今まで周りから『素直な子』と言われたことはあっても、『素直になれ』と言われたことはない。
だから、自分は素直なんだと思っていた。
なのに、花音からまったく真逆の指摘を受けて、咲は戸惑った。
「もしかして、咲ちゃんは自分のことを素直だと思ってる?」
困ったように、花音が尋ねた。コクリとうなずく咲に、「やっぱり」と呆れた顔をする。
「あのね、素直っていうのはね、人の言いなりになることとは違うんだよ」
「人の言いなり……」
花音に言われて、そうかもしれない、と咲は今更ながら気がついた。
いつも人の顔色を気にして答えを返していたような気がする。自分の考えより、相手の気持ちを優先していた。自分の考えなんてないに等しかった。
でも、そうやってはっきり言われると、なんだか自分がみじめに思えてしまう。
「咲ちゃんはいろいろ我慢し過ぎなんだよ」
花音が眉を顰めた。
「私、我慢なんか……」
咲は悔しくて、言い返そうと口をひらいた。が、花音の明るい茶褐色の瞳に合い、口ごもった。
あの瞳には、全てを見透かされている気がした。
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