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ほら、それ、と寂しげに花音が笑う。
「そうやって、言いたいことも我慢するでしょ」
「そんなこと……」
咲はふいっと視線を逸らした。
「言ってごらんよ。……咲ちゃんの思っていること、僕に教えてよ」
その瞳はとても真摯で温かくて。好奇心からではなく、咲のことを想っているからこその言葉だということが感じ取れた。
反面、昨日の父とのやりとりでは、咲に対する気持ちなど、微塵も感じなかった。まるで自分がそこに存在しないもののようだったと、咲は思った。
激しい絶望と虚無感に襲われて、それから逃れたくて「実は」と、つい言葉にしてしまう。
それから慌てて口を抑えた。
──こんな話、いきなりされても迷惑だよね。
チラリと花音をうかがうと、相も変わらぬ優しい瞳で、彼は次の言葉を待っている。
咲はキュッと口の端を結んだ。
話してみよう、と覚悟を決める。
「実は、昨日……父から結婚を勧められました」
恐る恐る口にする。
「結婚?」
花音がピクリと眉を動かした。
「それって、お見合いってこと?」
いいえ、と咲は首を振った。
「いわゆる政略結婚です」
「政略結婚……いまどき、そんなのがあるんだ」
花音は妙に感心してうなずいた。
「ほんと、時代遅れですよね」と咲は笑った。
花音の反応で、自分の置かれている状況が異常なんだな、と改めて認識できた。
「でも、父は『女は結婚して、家庭を守るのが幸せなんだ』って」
「なかなかの頑固親父だね」と花音が茶化す。
そうなんです、と咲はうなずいた。
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