69人が本棚に入れています
本棚に追加
「それで、今度その人と会うことになって。──たぶん、このままズルズルと……」
「それは、困ったね」と花音は腕組みをした。
「父は、結婚が決まったら、仕事も辞めろって。もうほんと、固定観念の固まりですよね」
話していたら、だんだん腹が立ってきた。でも、それも長くは続かない。
「──でも、私も父のこと言えないかな……」とトーンダウンする。
「どうして?」
花音が首を傾げた。
「私も少し前なら寿退社もいいなぁって思っていたから」
自嘲気味に笑う。
「今、小さな設計事務所で、建築士を兼ねたインテリアデザイナーをやっているんです」
「あ、やっぱり、インテリア関係のお仕事なんだ」
ええ、と咲はうなずいた。
「ちょっと前では、雑用みたいな、お茶汲みみたいな仕事しかさせてもらえなかったんですけど」
その頃に結婚の話があったら、素直に仕事を辞めていたのだろうけど。
「──でも、最近、小さな仕事を任せてもらえるようになって。そしたら、仕事が楽しく思えてきて。いろいろ挑戦してみたくなったんです。フラワーアレンジメントも、仕事の役に立つかなぁなんて……」
咲の瞳が悲しげに揺れた。
「でも、結局、カゴの中の鳥でした。今のままだと、父の考え一つで、人生を左右されてしまう」
咲は唇を堅く結んだ。
「だから、カゴから出ないとって。……家を出て、自立しないといけないって、思ったんです」
「家を出る……」
「はい」
「……咲ちゃんは、強いね」
花音は眩しそうに目を細め、咲を見つめた。
「いえ、そんなこと……。逆に、いつまでも親に甘えて、実家暮らししていたからこんなことになってしまって……」
咲はしょんぼりと肩を落とした。
最初のコメントを投稿しよう!