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「それなら、うちに住む?」
「えっ?」
突然の提案に、咲は驚いて花音を見つめた。
──それは、同棲の誘い?
あらぬことを想像して、顔が熱くなる。耳まで熱い。
「あー、違う、違う」
慌てて手を振り否定する花音の顔もまた赤い。花音はコホン、と軽く咳払いをした。
「このビル、五階が入居者募集中なんだ。だから、よければ、どうかなって」
「あっ、そういう……」
咲はホッと胸を撫で下ろした。
「……というか、うちってことは、このビル、花音さんがオーナーなんですか?」
はっと気がついて尋ねる。
「うん。華村ビルっていうの」
「華村ビル……」
──そういえば、住所にそう書いてあったような。
「祖母が遺してくれたんだ」
「お祖母さまの」
ちょっとボロいんだけどね、と花音は自虐して笑った。
「で、どう? 家賃三万、敷金、礼金なし、家具家電付き」
ちょっとボロいけど、立地を考えると、とてもいい条件である。
「……いいんですか? そんな好条件で」
もちろん、と花音は満面の笑顔を浮かべる。
「僕、一生懸命な咲ちゃんの応援をしたいんだ」
とても嬉しい言葉を投げかける。
やっぱり花音さんはお花のような人だ、と咲は思った。彼といると、明るく前向きな気持ちになれる。
「ありがとうございます」
咲はペコリとお辞儀をした。
「花音さんに相談して、本当によかったです。気持ちがすごく楽になりました」
ニコリと笑う。その笑みはここを訪れたときとは違い、屈託がない。
「お申し出、本当に嬉しいです。──でも」
そうやって、背中を押してくれるだけで充分だ。
「でも?」
花音は首を傾げた。
「住むところまで手配してもらうのは、甘え過ぎっていうか……独り立ちしようっていうのに、いきなり甘えるってのはどうかと……」
「まーた、難しいこと考えて」
花音はユルユルと首を振った。
「いい? 人という漢字は人と人が支え合ってできてるんだから。甘えていいの」
強引な理屈を曰う。
──そうなのかな?
悩む咲に、「夏には特大の花火も楽しめるよ」と花音は最高の口説き文句を放って、ニコリと微笑んだ。
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