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田邊咲から、入居の申し込みがあったのは、それから一週間後のことだった。あまりの行動の早さに、かなり切羽詰まった状況であることがうかがえる。
「それじゃ、近いうちに契約手続きに来てよ。悠太くんのケーキを用意しておくからさ」
花音はそう言って電話を切った。
スマホをテーブルの上に置き、フゥと息をつく。
──計画は、思ったより順調に進んでいる。
なのに、なぜかモヤモヤと心の中は晴れない。
ふいに、金属的な音を鳴らして、アンティークのドアが開いた。
「凛太郎……」
目つきの鋭い、長身の男がドアから顔を覗かせる。
「君も悠太も、なんで勝手に入ってくるかな」
「だったら鍵をかけろ」
ぶっきらぼうに凛太郎が言って、「頼まれてた資料」と手にしていたクリアファイルをテーブルの上に投げた。
反動で、写真が数枚飛び出る。その中の一枚に、田邊咲の写真があった。穏やかな笑みを浮かべている。
ありがとう、と礼を述べ、花音はファイルを引き寄せた。
「……お前、その子を巻き込むつもりか?」
凛太郎の問いに、別に、と花音はそっぽを向いた。
呆れたようにため息をつき、まぁ、いい、と凛太郎はつぶやいた。
「だが、ばあさんの名前を汚すことだけはするなよ、武雄」
そう言い捨て、部屋を立ち去った。
「わかってるよ……」
凛太郎が去ったドアを感情のない目で見つめ、花音は独りごちた。
<了>
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