エピローグ

2/2
前へ
/32ページ
次へ
 田邊咲から、入居の申し込みがあったのは、それから一週間後のことだった。あまりの行動の早さに、かなり切羽詰まった状況であることがうかがえる。 「それじゃ、近いうちに契約手続きに来てよ。悠太くんのケーキを用意しておくからさ」  花音はそう言って電話を切った。  スマホをテーブルの上に置き、フゥと息をつく。  ──計画は、思ったより順調に進んでいる。  なのに、なぜかモヤモヤと心の中は晴れない。  ふいに、金属的な音を鳴らして、アンティークのドアが開いた。 「凛太郎……」  目つきの鋭い、長身の男がドアから顔を覗かせる。 「君も悠太も、なんで勝手に入ってくるかな」 「だったら鍵をかけろ」  ぶっきらぼうに凛太郎が言って、「頼まれてた資料」と手にしていたクリアファイルをテーブルの上に投げた。  反動で、写真が数枚飛び出る。その中の一枚に、田邊咲の写真があった。穏やかな笑みを浮かべている。  ありがとう、と礼を述べ、花音はファイルを引き寄せた。 「……お前、その子を巻き込むつもりか?」  凛太郎の問いに、別に、と花音はそっぽを向いた。  呆れたようにため息をつき、まぁ、いい、と凛太郎はつぶやいた。 「だが、ばあさんの名前を汚すことだけはするなよ、武雄」  そう言い捨て、部屋を立ち去った。 「わかってるよ……」  凛太郎が去ったドアを感情のない目で見つめ、花音は独りごちた。 <了>
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!

69人が本棚に入れています
本棚に追加