プロローグ

4/4
前へ
/32ページ
次へ
「みんな同じ反応するんだよね」  鳩が豆鉄砲を食らったような顔の咲を見て、花音はケラケラと笑い声を上げた。 「華村花音って、女性だと思ってたんでしょ?」 「そう、ですね……」  だって、ホームページに載っている写真は後ろ姿で長髪だし、女の人みたいな名前だから。  それに、フラワーアレンジメントって、女性がやってそうじゃない? 「思い込みだよ」  咲の心を見透かしたような答えを返して、花音は悪戯っぽい笑いを浮かべた。 「そんな固定観念で世の中を見てると、窮屈じゃない?」  それで咲はハッとした。  今、まさに固定観念を押しつけられて窮屈な思いをしている自分が、固定観念で他人を見ていた。  それじゃあ、あの人と同じだ、と咲はうなだれた。昨日の父とのやりとりを思い出して、キュッと口の端を結ぶ。 「大丈夫?」  明らかに表情が変わった咲を見て、花音が優しくポンポンと頭を撫でる。  顔を上げると、心配そうな花音の顔が目の前にあり、予期せぬ状態に咲の心臓は跳ね上がった。 「はっ、はい、大丈夫です」  慌てて視線を逸らしたが、まだ心臓は激しく脈打っていた。  花音は怪訝そうに咲の様子をうかがっていたが、大丈夫だと判断したのだろう。  それなら、と笑みを一つ浮かべた。 「咲ちゃんって呼んでもいい? 僕のことは『花音』でいいから」  交換条件を提案をする。  ──まだ、諦めていなかったのか。 「呼び捨てはちょっと……」  咲が呼び捨てに難色を示すと、「じゃあ、『花音さん』で」と新たな提案をし、ニコニコと咲を見つめ、返事を待つ。  認めなければ、いつまでもそのままで待っていそうな花音に根負けし、 「わかりました」と咲は渋々うなずいた。 「よかった」  花音は満足げに笑い、ドアノブに手をかけた。 「それじゃあ、咲ちゃん。──ようこそ、『アトリエ花音』へ」  花音が大きく開け放ったドアの向こうは、眩いほどの光と色鮮やかな花達であふれていた。  ──その扉は、まさに別世界への扉だった。
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!

69人が本棚に入れています
本棚に追加