69人が本棚に入れています
本棚に追加
「みんな同じ反応するんだよね」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔の咲を見て、花音はケラケラと笑い声を上げた。
「華村花音って、女性だと思ってたんでしょ?」
「そう、ですね……」
だって、ホームページに載っている写真は後ろ姿で長髪だし、女の人みたいな名前だから。
それに、フラワーアレンジメントって、女性がやってそうじゃない?
「思い込みだよ」
咲の心を見透かしたような答えを返して、花音は悪戯っぽい笑いを浮かべた。
「そんな固定観念で世の中を見てると、窮屈じゃない?」
それで咲はハッとした。
今、まさに固定観念を押しつけられて窮屈な思いをしている自分が、固定観念で他人を見ていた。
それじゃあ、あの人と同じだ、と咲はうなだれた。昨日の父とのやりとりを思い出して、キュッと口の端を結ぶ。
「大丈夫?」
明らかに表情が変わった咲を見て、花音が優しくポンポンと頭を撫でる。
顔を上げると、心配そうな花音の顔が目の前にあり、予期せぬ状態に咲の心臓は跳ね上がった。
「はっ、はい、大丈夫です」
慌てて視線を逸らしたが、まだ心臓は激しく脈打っていた。
花音は怪訝そうに咲の様子をうかがっていたが、大丈夫だと判断したのだろう。
それなら、と笑みを一つ浮かべた。
「咲ちゃんって呼んでもいい? 僕のことは『花音』でいいから」
交換条件を提案をする。
──まだ、諦めていなかったのか。
「呼び捨てはちょっと……」
咲が呼び捨てに難色を示すと、「じゃあ、『花音さん』で」と新たな提案をし、ニコニコと咲を見つめ、返事を待つ。
認めなければ、いつまでもそのままで待っていそうな花音に根負けし、
「わかりました」と咲は渋々うなずいた。
「よかった」
花音は満足げに笑い、ドアノブに手をかけた。
「それじゃあ、咲ちゃん。──ようこそ、『アトリエ花音』へ」
花音が大きく開け放ったドアの向こうは、眩いほどの光と色鮮やかな花達であふれていた。
──その扉は、まさに別世界への扉だった。
最初のコメントを投稿しよう!